両親が巨人に食われた。
一人っ子だった僕は、食われてる両親を一人で眺めていた。突っ立って、目を落としちまいそうなくらい見開いて、ぼろぼろ溢れる両親の体液が体にかかるのも気にかけず、ただ眺めていた。足が動かなかったわけじゃない。恐怖で立ちすくんでいたわけじゃない。僕がその時感じていたのは、「ボク」というたった一人の存在の敗北でなく、「人類」という大衆意義での敗北だった。簡単に言えば、その瞬間に理解して絶望したんだ。巨人と人類の、絶対的で永遠に埋まらない立場を。捕食者と家畜という、打破できぬ現実を。

天涯孤独というのは、つらいものだった。いつも僕をぶん殴ってきた親父も、酒をあげないと首を掻っ切るお袋もいない。僕は自分のために生きることになった。しかしながら、両親のためにとお金を稼ぎ続けた僕が、いまさらまっさらな場所へ放り出されて、どうしたら良いのかわかるわけがなかった。とりあえず避難したは良いが、配給のパンを受け取っても、できることなら周りの人間に捧げたいぐらいだった。しかし僕の腹がそれを許さず、僕は自分のための食事をとった。味がしなくて、無理やり飲み込んだ。つばが喉に絡んで、泣きそうになった。
吐くのを堪えていると、すぐ傍にいた黒髪の少年が声をかけてきた。大丈夫か、と。何故だかひどく苛々してしまって、少年をギンとにらみつけた。少年が眉を顰めたときに、後ろからまた大勢の避難民の波がきて、流されるようにして少年とはぐれた。





そんな昔のことをいちいち覚えている僕は、われながらネチっこい。訓練兵たちの寮の自室で寝転びながら、そんなことを思った。すぐ隣に、僕と同じように寝そべっている青年。綺麗な黒髪がシーツに広がって、僕は意味も無くその髪の毛をぶち抜きたくなった。
うとうとして今にも眠りそうな青年の瞳は、長い睫をつけた目蓋で覆われて今は見えない。出会った時から、僕は青年の瞳が、怖かった。
「俺はエレン。エレン・イェーガー。よろしくな」
「…ああ。よろしく」
初めて顔合わせをしてそう言われた時。エレンの意思の強そうな瞳をみて、憎たらしいと思った。その瞳は、信じてくじけることを知っているような光があった。僕には到底不可能なことで、とても暗い気持ちになった。同時に僕の知らないことをたくさん知っているだろうエレンに、劣等感を抱いて、恐怖した。
長らく一緒に居るうちに、そうした暗澹たる感情は薄れた。いや、正確に言うと、そうした感情に自分で蓋をしたんだ。上手くなった。感情操作ばかりが、得意になってしまった。
「エレン…は、」
「うん?」
まどろむ意識の中で、何もしたくないのに、僕は何故だが口ばかりが動く。
「エレンは、どうして兵を志願したんだ?将来、三つの兵団のどこにつく?」
エレンからすぐ返事はなかった。自分でも何故いま聞いたかわからない質問だった。エレンは少し間を空けて、次いで目を閉じたまま言った。
「巨人共をこの世から一つ残らず駆逐する為訓練兵になった。俺が志願するのは、調査兵団だ」
僕は、笑ってしまった。

ああ違うんだよエレン。誤解だ、そんな目で見るんじゃない。
「気を悪くしないでくれ!違うんだ、こんなにも、自分の為に頑張れることが…羨ましいんだよ、エレン、お前は立派だなァ」
とてもとても努力して、現実に立ち向かう。強い精神力が必要で、到底並の人にはできる所業じゃァない。
若干涙目になりながらそう言うと、エレンは一層変な顔をした。
「…苗字変だぞ…急に何言ってんだよ?」
「エレン」
「ん?」
「アルミンは外で本を読んでいた。夜遅いし、そろそろ連れ戻してきて、もう寝るぞ」
「…そうだな…」
エレンも眠たいようで、ふわあとあくびをした。今日の訓練もきつかったからな。
しかし何故かこちらを見たエレンは、納得いかない顔をしていた。
「なァ」
「?」
「そういう苗字は、なんで訓練兵を志願したんだ?」
純粋な目が、綺麗な目が、僕を映して、問いだたした。
ああ、ほんと、強い人だ。
「僕?僕か?僕はなァ…」
ふふ、と目を細めて口角をあげ、昔母親に「小汚い狐」と評された笑みを浮かべて、言い放つ。
「誰かの為に死にたいからだよ」
エレンからの返事はなかった。

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