Melty Kiss


目が覚めると部屋の中は暗くて、一瞬記憶が混乱する。
あれ、ここはどこだろう。いつ寝てしまったんだっけ。
あぁ、そうだ。雅治の部屋で映画を観ててソファでそのまま寝ちゃったんだっけ。
ぼんやりとする頭でそこまで考えて、慌てて飛び起きる。
手探りで壁にある電気のスイッチのところまで辿りつき、電気をつけると蛍光灯の明かりに目が眩んだ。
隣で一緒に寝てしまっていたらしい雅治もまぶたを閉じたまま、眩しそうに眉間に皺を寄せて体に掛けていた毛布を頭から被った。

テーブルの上に置いていた携帯を手に取って時間を見ると夜の八時を過ぎていた。
休日のほとんどを、結局映画も途中までしか観ていないまま寝て過ごしてしまったらしい。
丸一日を一緒に過ごすことなんてそう多くはないのにこれはまずい。
そして何よりまずいのは、この時間にまだここにいるということだ。
いくら高校生になって門限らしい門限はないとはいえ、よほどのことがない限りいつも九時までには家に帰っていた。
心配した母親から電話が掛かってくるのも時間の問題だろう。

「雅治。ごめん、私帰らなきゃ」

毛布越しに声を掛けると、しばらくしてから雅治が毛布から顔を出して大きな欠伸をした。

「お前さん、外見たんか?」
「は…?」
「いいから見てみんしゃい」

雅治はまだ寝ぼけているんだろうか。
言っている意味が分からないながらも促されるまま窓に近づいてカーテンを開けると、窓の外は一面真っ白に染まっていて、空からは白い雪が勢いよく降り注いでいた。

「なに、これ……、」

あまりの予想外の光景に、それしか言えなくなっていた。
寝ている間に違う世界に来てしまったような感覚に陥る。
こんなに雪が積もっているのを見るのは今までの記憶にはない。

「バスも電車も止まっとるみたいじゃけ、帰れんじゃろ。」
「え、嘘。それってすごい困るんだけど」
「ほんまに困るのう」

他人事のようにそう言った雅治は、この状況を楽しんでいるようにすら見えた。
そもそもさっきまで一緒に眠っていたはずの雅治が雪が降っているのを知っているということは、雅治が眠る前からこうなっていたということだ。

「ねぇ雅治。なんで起こしてくれなかったの。降り始めだったら帰れたかもしれないのに。」
「それは勝手に寝ちまったなまえが悪いんじゃなか?」
「それは…、そうだけど。…でも帰れないのは困るよ」
「帰れんなら帰らなきゃええ。単純なことじゃき。」

そう言って私の腕を掴んで引き寄せる雅治はこの上なく楽しそうな表情で笑っていた。
あぁ、もうこれじゃあ怒るに怒れない。
それどころか、帰れない理由を作ってくれたことに嬉しさすら覚えている自分自身に呆れる。

とりあえず電話が掛かってきた時の言い訳を考えるのは少しだけ後回しにして。
まずはこの雪を溶かしてしまいそうなキスでもしてみようか。



企画サイト驟雨さまに提出。
お話のテーマは「雪」
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