Be My Valentine


「は、何なんこれ。」
「何ってチョコレート。」

あんたが昨日チョコが欲しいって言ったんでしょ、という言葉はあえて言わないでおいた。
仁王の手の平に乗っているチョコレートはどの季節にも売っているようなチョコレート菓子だけど、どうやらイタリア産らしくそれなりに高いものだった。
それをわざわざ買ってきてあげたのにこの態度は何なんだろう。

「これ普通にスーパーで見たことあるんじゃけど」
「うん、多分そのスーパーで買ったから」
「……なぁ、ほんまに今日が何の日か分からんの?」

2月14日。
もちろんそれが何の日か分からないわけではない。
仮に忘れていたとしても、スーパーでもコンビニでもバレンタインのコーナーがでかでかと設置されてるんだから気付かないはずがなかった。
友達同士でも誰にあげる?なんて話をしたりするし、テレビをつければ往年のアイドルのあの名曲が流れてきたりもする。

「っていうかさ、仁王食べきれないくらい貰ってるじゃん、チョコなんて。
いらないならそれ返して。私が食べたくて買ったようなもんだし」

仁王からチョコレートを奪い返してパッケージを開けて金色の包みにくるまれた大きめのチョコレートを口の中に放り込む。
それを仁王は恨めしそうな顔をして見ていた。
そんな顔されてもなぁ。
もう一粒、とチョコに手を伸ばしながらふと仁王の席に目を向けると、机の上にはチョコレートの山ができていた。
ほら、あれ食べなよ。そういう意味をこめて再び仁王に目を向けて首を傾げてみせると、仁王は投げやりに深く息を吐いた。

「……俺が自分から頼んだんはみょうじだけじゃ。…その意味分からん?」

真顔でそう言った仁王はいつになく真剣に私を見つめてくる。
いつもはふざけ合ってばっかでつまらない嘘に騙されたりするけど、そういう時に見せる表情ではなかった。
そんなの分かってるよ。
でもさ。

「ねぇ、仁王。知ってる?バレンタインってさ、別に女の子から告白しなくてもいいんだよ?この意味は分かる?」

質問に質問で返すのは狡いだろうか。
でもそれはお互い様で、仁王はすぐにその意味を理解したのか、真剣な表情を安堵の色に変えた。
好きって言葉はやっぱり男の人から言って欲しいんだよ。…なんてわがままなのかな。
それにさ、仁王の言ったチョコが欲しいという言葉を私が勝手にいいように解釈してただけだったとしたら、仁王は笑うでしょ?
確証が欲しいんだよ、私は。

「…みょうじもなかなか意地が悪いのう。完璧にフラれたかと思った。」
「振るも何も、まだ聞いてないんだけど?」
「ふ…、もう遠慮はいらんのじゃろ?」

少しだけ身を乗り出した仁王は悪巧みをするときの笑みになって、私の口唇を掠め取っていった。
ほんの一瞬だけ触れたそれは軽快なリップ音を残して離れていく。

「甘いぜよ。ごちそうさん」
「…っ、…そこまでしていいとは、言って、ない」
「言葉なんかよりよっぽど伝わるじゃろ?」

してやったりといった感じで笑いを噛み殺す仁王にはすっかりいつもの余裕が戻っている。
反対に私は余裕なふりなんかできなくなっちゃって。
ちゃんと手作りしてきた鞄の中のチョコ、もう溶けてぐにゃぐにゃになっちゃってるかも、今の私みたいに。


Happy Valentine's Day
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