いやだいやだと手を伸ばす


「ずいぶんと遅かったのう」
「へへへ、ごめーん。これ、お詫び」

お詫びと言って渡されたコンビニの袋を受け取りながらなまえを部屋に招き入れた時、脇をすり抜けた瞬間にアルコールの匂いが鼻をついた。

「は、酒くさ。なまえ……飲んできたんか?」

そうなの実はさー、と上機嫌に笑いながらなまえはバッグを床に落として俺のベッドに腰を下ろした。

「なんかさっきまで友達の紹介で会った人と飲んでたんだけどさ」
「……ほう」
「ぱっと見イケメンだしありかなって思ったんだけど、店員さんへの態度が超エラそうなの。いやー、あれはないわ」
「あー、たまにおるのうそういう奴。」
「あれどういう神経なの?やばいでしょ」
「さあのう。俺は店の人にはちゃんと接しとるし」

それよりどういう神経なの?はなまえの方じゃろ。
そんなことを頭の片隅で思いながら渡されたコンビニの袋の中を覗いて、中から缶チューハイを取り出してプルタブを引く。
別に俺となまえはただお互いの都合がつけば会って、そういうことをするだけの関係で、なまえがどこで何をしてようが関係ない。
俺も適当に遊んどるし、何かを言う筋合いはないのに、行き場のない焦燥感に駆られて迂闊にも本音がぽろぽろと口から零れ落ちる。

「なぁ、もしその男とそのままいい感じになっとったら今日の俺はすっぽかされとったん?」
「えー、まさか。そんなわけないじゃん」
「そんなわけあるじゃろ?普通に」
「えー……まぁ……どうだろ。そんなわけ……ある、かも」

なまえの言葉を最後に、部屋には微妙な空気が流れる。
無言に耐えられなくなったなまえが、ねぇ怒ったの?と服の袖を引っ張って顔を覗き込んでくるのを放ってチューハイを一気に流し込んだ。
怒る筋合いなんて俺にはないことは分かっとって。
なまえがまだ自由に遊んでたいって思っとるんも分かっとるし。そこにつけ込んで近付いたんは俺自身。
なまえに合わせて適当にそのへんの女とも遊んで、それなりに楽しくやっとったのに。
それでも時々なんでこんなことしとるんじゃろって死ぬほど虚しくなる。

「……雅治?ごめんね?」
「別に謝るようなことしとらんじゃろ」
「でも……怒ってるじゃん」
「ほんまに怒っとらんよ。ほれ、なまえもまだ飲むじゃろ」

出来るだけ普通の態度でコンビニの袋からチューハイを取り出して差し出してもなまえは不本意そうな、恨めしい目で俺を見ている。

「いらんの?」
「……いる」
「ほれ、飲みんしゃい」
「じゃあ雅治が飲ませて。」

仕方なくプルタブを開けてやって差し出しても、なまえは違うと首を横に振った。

「口移しで飲ませて」

そうやって俺を試すような事をして上目遣いに瞳を潤ませる。
絶対に俺のもんにはならんのに、俺の事を離してくれんなまえが心底憎らしい。
恋愛なんてそれなりでよくて、面倒事は避けてたはずの俺が、今は一番面倒臭い。
柄にもなく真っ直ぐに気持ちを伝えてたらこんな感情抱かずに済んだんじゃろうか。

はやく、と艶っぽくねだるなまえに、俺はチューハイを口に含んで唇を重ねる。
混じり合うアルコールの匂いは、なまえのものか俺のものかもう分からんようになっとって、口の中から消えたアルコールの代わりに今度は柔らかい舌が絡められる。
何度も角度を変えて続く行為に思考がぐちゃぐちゃになっていく。

「ん、……ねぇ、雅治、……する?」
「……せん」
「ふふ、なんで。ね、……しよ?」

膝の上になまえが乗っかってきて、首に腕が回される。
明日になればなまえはまた連絡するね、なんて軽く言って帰っていくんじゃろ。そんで後に残るんはうんざりする程の虚しさだけ。
いつもの台詞といつもと同じパターン。全部分かりきっとるのに。
それでも今この瞬間なまえが欲しくて、愚かな俺は奪うようになまえ求める。
好きとか嫌いとか虚しさとか嫉妬とか。そういう腹の底のどろどろした感情全部がごちゃ混ぜになって、欲が満たされるほど俺の中の何かがすり減っていく。

もういっそのこと、すり減ってすり減って何もかも無くなって消えたらええのに。
その思いながら伸ばした手は、思いとは裏腹になまえの頬に優しく触れた。

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