白いページは白いまま


この人はどこまで無防備なんだろ。
玄関のチャイムを押しても反応がなくて、もしかしたらとドアノブを回してみたら案の定、鍵は掛かってなくて勝手に部屋に上がらせてもらった。
そして目に飛び込んできたのは、ベッドではなくソファで寝ているなまえさんだった。

「うわ…」

今日は仕事が休みだと言っていたから学校が終わって来てみれば、まだ夕方だというのに床の上には空になった缶ビールやら焼酎の瓶やらが転がっている。
今までの経験上、何か嫌なことがあるとなまえサンは酒を馬鹿みたいに飲む。
大して強くもねぇし、普段はほとんど飲まないなまえサンは、タチの悪い酔い方をして記憶を飛ばす。


それにしてもなんつー格好で寝てるんだか。
俺が泥棒だったら金目のモンを取りに来たことも忘れて覆いかぶさってるとこだ。
セクシーとは言い難いけど何の装飾もないシンプルなそれは紛れも無い下着で、いつか俺の姉ちゃんも同じような下着で家ん中うろうろしてたから、何だよその色気のねぇやつは、って言ったらラインが響かなくていいの、なんて言ってた気がする。
下着自体は同じに見えるのに、姉ちゃんとなまえサンじゃえらい違いだ。

「なまえサン、起きて。そんな格好で寝てたら腹壊しちまいますよ」

体を揺すってみると、眉間に皺を寄せて身じろぎをする。
内股気味に閉じられた脚が色っぽい。
声を掛け続けているとやっとなまえサンは薄く目を開いて俺を見た。

「んー……?あか、や。…なんで、いるの…?」
「鍵開いてましたよ。ホント危ないッスよ、なまえサン。とりあえず服きましょーよ」

クローゼットを開けて適当なTシャツ取り出して放り投げてやったけどなまえサンは手を出さなくて、それはお腹あたりに広がって落ちただけだった。
それを眠たそうな目で見つめたなまえサンはふにゃっと笑って俺を手招きした。
ソファに寝転がったままのなまえサンに近寄って床に腰を降ろす。
すげえアルコールくせぇし相当酔ってんな、この人。

「赤也が着せてー」
「や、俺どっちかっつーと、全部脱がせたいんスけど」

冗談交じりにそう言ったらなまえサンは子供みたいにけらけらと笑い始めた。

「あははー。じゃあちゃんと責任とってお嫁さんにしてくれるならいいよー」
「それ、本気で言ってんスか?」
「本気、本気ー。」

嘘ばっか。
なまえサンは特定の恋人を作らない主義の人だ。
その日限りの恋人、みたいなのは時々いるみたいだけど、ケッコンガンボーとかはないらしい。
第一、俺はまだ結婚できる年じゃねーし。

「ハイハイ。とりあえず起きて下さいよ」

のそのそと体を起こしたなまえサンの頭にTシャツを被せてやったら腕を通してからまたソファに寝そべった。

「あーあ。赤也にフラれちゃったよ」

全く悲しくなさそうにそう言うなまえサンは本当に嫌な女だと思う。俺の気持ちも知らねぇでさ。
ほんとに押し倒してそれで責任取れって言われたら喜んで取ってやる。
でもそうしたところでなまえサンは俺を男として見てくれるわけでもない。
なまえサンにとったら俺なんて弟みてーなもんで、もしかしたら本当に弟だと思ってるかもしれない。
どう頑張っても縮められない歳の差と、このポジションが憎かった。
それを作っちまったのは他でもねー、俺なんだけど。
俺が生まれた時からなまえサンは隣の家のお姉さんで、こうして家を出てひとりで暮らすようになってからもお隣の赤也くん≠チて立場を利用してこうやって遊びにきて、弟みたいなモンだから無害ですよーって顔して隣を陣取って。


散らかったままのゴミを片付けてなまえサンを見たら、また目を閉じていて、小さく寝息を立てていた。
ベッドから毛布を引っ張ってきて掛けてやってから勝手に冷蔵庫を開けて缶ビールを一本拝借する。

苦くてマズイだけのこの液体が舌を痺れさせるみたいに、脳みそも痺れてどうにかなっちまえればいいのに。
俺も、なまえサンも。
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