meow


最近の私は深夜に衛星放送でやっている海外のテレビドラマにハマっている。
それは元々海外ドラマに興味のない私でも名前は聞いたことがあるくらい有名なやつで、たまたま観た第一話が面白くて気が付けば毎日の日課になっていた。
録画して観れば毎日重たいまぶたをこじ開けて起きる必要もなくなるのに、私はどうしてもその時観たいのだ。
深夜の物静かで気怠い雰囲気とそのドラマの雰囲気がぴったりで、休日の昼間にまとめて観るなんてことをしたくなかった。
ドラマが始まる時間までにシャワーを浴びて、ペディキュアなんかを塗り直しながらその時間を待つ。
始まる五分前にはテーブルに缶ビールを何本か載せてソファに座って待機。
それがいつもの流れで最高に幸せな時間だった。


「あー…ねっみー…なまえー、そろそろ寝ようぜー」
「うん、先寝てていいよー。おやすみー。」
「…何、またあのドラマかよ。」
「そうそ。私ベッド行くの遅くなるから先寝てて。」

ブン太の声にどこか非難めいたものが混じっているのを私は知らないふりをした。
思えば、夜遅くまで起きているようになってからブン太と一緒に眠りにつくことが少なくなっていた。
時々どちらかが飲み会なんかで遅くなることはあっても、こんなに何日も続くことは一緒に暮らし始めてから初めてのことだ。
ブン太も私も子供じゃないんだからひとりで寝ることはできる。
むしろそれが当たり前だったのに、隣に誰かがいることに慣れてしまうと、いないとさみしく感じてしまうものなのだ。
それは分かっているものの、やっぱりドラマだって観たい。
なんせ久々に見つけた楽しみなんだから。

時計を見るともうドラマが始まる五分前になっていた。冷蔵庫から缶ビールを取り出してテーブルの上にセットする。
相変わらずブン太はどこか面白くなさそうな顔をしているけどソファに体を埋めたまんまで、寝室に行く気配はなかった。

「ブン太、まだ寝ないの?」
「寝ねえ。」
「なんで?寝なくて平気なの?」
「…うるせえな。いんだよ別に。まだ眠くねーの!」

そう言ってブン太はテーブルの上の缶ビールを一本ひったくってプルタブを開ける。プシュウ、と小気味のよい音が部屋に響いた。
傾けられた缶と上下に動くブン太の喉仏を私は黙って見ていた。
さっき眠いって言ってたのに。素直に言わないとこがブン太らしいなぁ。一緒に寝たいならそう言えばいいのに。
そんなことされたらさ、もうドラマなんかいいやーって一緒にベッドに行きたくなるじゃない。
腕痺れるしめんどくせえ、とか言いながらもブン太は毎日私に腕枕してくれる。
正確に言えば、寝ぼけたブン太が私を抱き寄せるからそういう形になっちゃうだけなんだけど。
例え無意識の行動でもそうされる度に、私はこの人に愛されてるなぁなんて思っちゃって。

「…何だよ。にやにや笑ってんじゃねぇよ、ばーか。」
「うそ、笑ってた?私。」
「笑ってた、普通に。…っつーか。始まってるぜ?ドラマ。」
「あっ、本当だ。」

ドラマが始まってからブン太は最初こそ隣に並んで一緒に観ていたけど、そのうち私に膝枕を要求して寝転がってしまった。
片手で缶ビールを煽りながらもう片方の手でブン太の髪を撫でる。
しばらくしてから視線を落とすと、すぅすぅと寝息を立てているのが分かった。
あんなに楽しみにしていたドラマそっちのけで無防備な寝顔に見入ってしまう。

そうしていると、ふいに実家で昔飼っていた猫のことを思い出した。
気ままだけど家族の中では私に一番懐いていた可愛い猫だった。
ごはんが大好きでお腹が空くとニャアニャアと鳴いて、寒い季節には布団にもぐりこんできたりもした。
丸々とした猫の姿を思い返すとなんだかブン太に似ているような気がしておかしかった。

「…また、猫飼いたいなぁ…」

ブン太の寝顔を眺めながら思わず独り言を洩らした。
すると、髪を撫でていた私の手にブン太の手が重なった。

「だめ。」
「…あ、もしかして起こしちゃった?」
「ん…へーき。」
「そっか。…ねぇ、なんで猫だめなの?ブン太猫アレルギーとか?それとも猫嫌い?」
「アレルギーじゃねぇし、好きだけど、だめ。」
「えー、なんで。可愛いよ?猫。疲れて帰ってきても癒してくれるし楽しいよ、きっと。」
「猫って膝の上とか乗ってくんじゃん。ここは俺の特等席なの。
それに俺といんだから今だって十分楽しいだろい。」

さらっとそんなことを言ってのけたブン太は握った私の手を自分の口元に引き寄せて、ねみー…、と呟きながらまたゆっくり目を閉じた。

わー、何を言いだすかと思えばこの男は。そうか、眠いからこんな恥ずかしいことが言えるのか。
いつものブン太ならこんなこと言わないもん。
あ、絶対私またにやにやしてる。


…でもそうだね。うちにはもうでっかい赤毛の猫がいたかもしれない。
とってもわがままで、ごはんが大好きで、私にとびきり懐いてる手の掛かる猫のような愛しい人が。
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