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ばちんっ、と乾いた音と同時にじーんと麻痺したような鈍い痛みが続いた。
この感覚が案外癖になるもので、最初は耳たぶ、次は軟骨と着実に増えていく穴を見て飴村乱数は満足そうに口角を上げる。



「さーまときっ」

「ああ?あっちーわ!ひっつくなよ乱数!」

「ええー?暇なんだから構ってよぉっ!せっかくのミーティングなのに一郎は補習で遅くなるし寂雷もオペ入ってて遅れるらしいしぃ」

「お前はLINEしたらいつでも構ってくれる女いんだろが!」

「そうだけどさぁ…?えーん!左馬刻の意地悪ぅ」

「っぜーな…………ぁ?」


甘ったるい声を出して髪をくるくる指に巻き付けて遊んでる乱数を見て左馬刻は違和感に気がついた。


「乱数、なんかピアス増えたか?」


確かに飴村乱数にはピアスが開いていたと記憶している。その幼い体躯に不釣り合いのはずのそれが乱数の独特のファッションセンスと相まって、とても目を引くものとなっていた。
いつもは1.2個つけていただけだったはずが、チラリと覗いた白い片耳に3つは付いていたのだ。


「あー…そう!この前開けたんだぁ♪」


今どきピアスの3つくらい珍しくもないが、乱数がこんなにチャラチャラとアクセサリーをたくさん付けるのは珍しい。
一瞬の間の後、寂雷には内緒だよ?と静かに続けた。



神宮寺寂雷は飴村乱数がピアスを開けるのを嫌がる。
嫌がると言うと語弊があるかも知れないが正確にはいい顔をしない。

「じゃくらーい、みてみてー♪」

可愛いでしょ、と自慢げにファーストピアスのついた耳を見せてくる彼に初めての頃はそこまでの違和感を感じなかった。
しかし片耳に1つだけだったそれが両耳になり、また1つと増えたところでモヤモヤした感情が自分の中に芽生え始めるのを感じた。

「乱数くん、いくらファッションだからと言って身体に不要な穴をいくつも開けるのはどうかと思いますが」

「えーっ!可愛いんだから別にいいじゃん!」

ぷくぅと頬を膨らませる姿は愛らしい子供そのものだが、その耳のいくつか連なる穴が可愛らしさに不釣り合いすぎて、まるで自傷行為に耽る中学生を見ているような居た堪れない気持ちになってしまう。

「悪いとは言わないが自分の身体をもっと大切にしなさい」

一瞬、彼は乾いたような笑いを漏らしたが、それっきりピアスの話はしなくなってしまった。
以後、ミーティングで集まる時も何もつけないか、1つだけオシャレにピアスをつけているだけだった。
それでも確かに耳にはまだ新しい穴だけが増え続けていて、寂雷が見つける度に眉間に皺を寄せていたのを僕は見逃さなかった。

結局そのあとすぐにTDDが解散して、自分と寂雷は犬猿の仲となったし、会えばバトルに発展するような関係性になってしまった。
以前のように耳にピアスホールを開けたところで気づくような間柄にはもう到底なれない。
それでいいし、そう仕向けた自分を後悔なんか微塵もしていない。

「もう耳はいいや」

刺激を求めて生きるのも案外骨が折れる。
傷つけるつもりはないが、傷つけたい気持ちはある。
あの苦い、悲しいといったような、なんともいえない表情。
それを見て満足する自分を否定出来ないのだ。
次はもっと、もっと、ととめどなく溢れる欲求をどこで消化したらいいのか。
手に取った新品のピアッサーを柔らかい粘膜に当ててみた。
針の尖った感覚がダイレクトに伝わってこの先の痛みを彷彿とさせる。

ああ、寂雷。これ見つけたらどんな顔するかなあ。

足りないものを埋めるかのように、なにか足りない日々に開いている気持ちの穴にぴったりのものを嵌めてほしい。

指に込める力は僅か。
ばちんっ、と乾いた音のあと
飴村乱数は満足そうに笑った。




飴村乱数が舌ピを開ける話








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「 愛でもなんでもない 」



そこに横たわって動かなくなったかつての部下だったものを見て、碧棺左馬刻は小さく溜息をついた。

“ 気味が悪い “

この感覚、昔からそうだ。
人間はおろか動物に対しても、だ。
死体に触れた瞬間に、抱き上げた瞬間に、その精気のない身体から内臓やら脳やらが溶けて出てくるのではないか、そんなことがあるはずがない、なのに昔からそんな思考に陥ってしまってゾッとする。
生前どんなに愛し慈しんでも死んだら気味が悪くて仕方ないのだ。
それと同時に生に対する執着が湧いてくるのを実感する。
いつ誰に殺されてもおかしくないような職業柄、死人が出るのは日常茶飯事だがこういう場面はどうにも昔を思い出してしまって慣れない。

「クソが、みっともねぇ」

それは死んだ部下か自分への言葉か。
とにかく気味が悪いからこの場を出来るだけ早く離れたいと思った。
煙草に火をつけて一息つく。
気分が優れないのはこの部下のせいだけじゃなく、付随してこんな日は必ずと言っていいほどアイツに出くわすからだ。

「さっさと車出せや」
「兄貴、でも」
「ああ?おめーも死にてぇのかよ」

部下が慌てて死体を積み込む。
あらかじめ用意されたシナリオだったのだから当然、何事もなかったかのように路地裏には血痕ひとつない。
舌打ちをひとつカマしてやってから後部座席に乗り込んだ。

裏切り者にあるのは死だけだ。
かつて俺を裏切った男も例外ではない。

過去を掘り返す趣味はないが許すことなど到底出来るはずのない所業だった。それを、散々目にかけてやった相手にやられたのだ。その悔しさはいっそうのこと。
いつかあの憎くて憎くて仕方がないアイツをこの手で殺すことが出来たら、それが肉体であろうと心であろうと、そのとき俺は真っ直ぐにアイツを見ることが出来るだろうか。
願わくば、ただ気持ちワリィと踵を返して去りたいところだが。

「行くぞ」

車に乗り込んでいつも通りの喧騒を抜けると、まだ夜になりかけの紫とオレンジに染まる空が見えた。まるで自分の後ろに死体なんかあるはずがないとでもいうような景色。
のんびりと夕日を眺めて生きるような穏やかな日常なんか性に合わない。なら一度向けた背中はずっと大きくいなければいけないのだ。アオヒツギサマトキとしての自我を保って生きるには人間としてのあらゆる感情は邪魔でしかないのだから。

横浜駅前の人混みを抜けて1つ路地を入った、潮風の匂いより人間臭さしか感じない場所。
そこが俺の生きる場所だ。

窓から入る光が弱まり影を落とす時、
通りすぎた横目にチラリとうつった
黒髪に映えるアカ、

陰鬱な考えを巡らせて落ち着いていた血が一気に沸騰した気がした。何にも誰にも変えることなんか出来ない、到底二度と心を通わせることのない程遠いところにお互いの存在を置いて来てしまった。
どうでもいい、込み上げてくる怒りと吐き気を堪えてそいつを見据えた。

「車、止めろ」

ー だからこんな日は最悪だっつーんだよ、

今まで鬱々と考えていたことの全てを飲み込むかわりに肺いっぱいに空気を取り込み、感情を憎しみで埋める。
かつて大事だった物も仲間も家族も、妹の合歓以外は全て捨てた。
目の前の男も例外ではない。
一度裏切ったら死ぬまで許すことはないのだから。


殺してやるよ、なあ

「よォ、一郎」






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