静かに暖かく眠りたいのだと彼女は言った。





硝子戸の小さな隙間を縫って入ってくる風はまだまだ冷たさと静けさを帯びながら簡素な部屋をくるりと回り静かに溶けていった。



「しまった」



思わず漏れた呟きに自らくすりと笑い、少しばかり開いていた窓をそっと閉じる。

先程からやけに騒がしいテレビの音量を二つほど下げ時計を確認すると、目的である天気予報の時間まであと数秒といったところであった。

一時の間を置いて、騒がしかったテレビの内容が一変する。

どうやら都会の方で起きた通り魔の事件が慌ただしくも放送されていたらしい。

それにも拘らず数秒の遅れもなく放送される天気予報という平和極まりない情報にちょっとした感嘆を覚えながら耳を傾け続ける。



「そうか、今日は晴れるのか、いや、午後は雪かもしれない。貴女の嫌いな雪だそうだ。万が一にも窓は開けられないな、」



そう慣れきった独り言を零しながらかたりと席を立つ。

簡素な部屋の台所というものは当たり前のようにものがない。必要最低限。

そんな台所で今朝の朝食を作り、暖かな珈琲を注ぐ。どれもかれも一人分。

それらを小さな盆に乗せ先程腰を下ろしていた場所へ運んだ。

彼女の隣、シングルの寝台に寄り添うように設置された丸いテーブルである。



彼女はそこにいた。小さな一人分のベッドの上で浅く、深くを繰り返しながらただただ眠りについている。

そこで彼はいろんな話をしていた。

毎日のように通う大学の事。帰りに立ち寄るスーパーや書店、たまたま見合わせた愛らしい猫の事。どれもがその日に起こった些細な出来事。

それらを彼は余すことなく彼女の伝え続けている。



「今日もまだ寒いらしい、もう二月も半ばだというのに、いつまでたっても雪が降る。昨日は天気予報が当たってしまった。だから雪が降った。おかげで今朝は足を滑らせて転んでしまった。受験生には申し訳ないことをしたよ。」



小さく肩をすくませ、暖かく湯気を立ち上らせるカップを掌で包み少しずつ飲み下してゆく。

朝食に、と用意したサンドイッチは跡形もなく白い皿の上から消えていた。



まだ彼女は目覚めない。今日も彼女は目覚めない。

彼は同じことを幾度も幾度も心中で反芻しては壁に掛かった無地のカレンダーに小さく小さく印を付けている。

用意された大学用の鞄を持ちそっと振り返る。

彼女の部屋は見渡す限りいつもしん、と静かだった。

彼女がそれを望んでいたこともあったが、折角なのだから起きている時に恰好のいい彼氏でも作ればいいのだと考える。

しかし、迷惑はかけたくないのだろう。それも分かってはいるがあまりにもこの部屋は静かで、冷たくで、寂しかった。



「行ってくるよ、姉さん」



百と十数回目になる挨拶を言い彼は簡素な部屋を出た。

春はまだ遥に遠く、彼女もまた冬眠から目覚めない。



End.






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