(指を滑らす:BL注意!!)

つるりとした厚手の紙を捲る度、甘い痺れが指先からのぼってきた。ページを開く都度、鮮やかなデザインやテキスタイルの服が目に飛び込んでくる。そのたびそのたび、いちいち俺の胸は高鳴って握られたようにぎゅっと縮こまるのだ。
「あー、今期も最高」
「伊吹まーたそのカタログ見てんの?何回目よ」
恍惚として溜め息を漏らせば、すぐ横で頬杖をついて静観していた草間が呆れた視線を投げてくる。
「わかんない。端が擦れるほど見てる」
掠れたリーフレットの角を見せるとうげっ、と苦い顔をした。
「うっわキモい、素でキモい。お前ほんと服好きなのなー」
「まぁなー。お前が女子好きなのと同じ感覚だと思うよ」
軽いノリで返すと、草間は口を半開きにして一瞬固まり、それからゆっくり瞬きをした。
「なにそれ、恋じゃん」
「ん、そんなとこなのか?恋愛には疎くて、ってゆうか草間なんかいろんな女子好きじゃん、それ恋?」
「お前だっていろんな服好きでしょ?俺もそれとおんなじ!全ての女子を愛してるもんねー!」
高らかに宣言すると、尻ポケットから携帯電話を取り出して、ばしばしとボタンを高速連打しはじめる。
「女の子からメール?モテる男は違いますねー」
「でしょでしょー?でも伊吹もそこそこイケると思うけどなぁ」
「いやぁ、俺ただのテキスタイルおたくだし。女の子より服見てる方が楽しいもん」
かさり、ページを開くとパステルカラーのキャンディがめいっぱい散りばめられたカーディガンが目に入った。ヒッ、と変な声を漏らすと、携帯に向けていた顔を上げて、草間がジト目を寄越してきた。そんなのお構いなしに、ディティールを舐めるようにじっくりと見る。形は何の変哲もないのだが、オリジナルのテキスタイルがメンズものなら絶対あり得ないような柔らかい配色とファンシーなモチーフの柄。なのに甘すぎず、女子っぽくない。この皺の寄り方だとレーヨンだろうか、素材の肌触りを想像してパンフレットに指を滑らせる。全身にびりりと電流が走った。
「やばいこれやばい超可愛いやばいほんとやばい」
「ハイハイハイハイわかりましたって」
草間に訴えると、適当にあしらわれた。ブスくれていると、草間がいきなり、げ、と声をあげる。
「どしたの」
「やな奴が視界に入った」
眉間に皺を寄せて、草間が窓の外を指さす。その先にいたのは、高校生の制服の着崩しにしては、いささか華美すぎる着方をした集団。その中でもひときわ目立つ、外国人みたいなマットカラーのくせ毛風マッシュボブに、タイトに仕立てられたスラックスと指定のワイシャツの上から校則違反な柄ものカーディガンを纏った男子に視線が注がれる。
「デザイン科の浅野サマ一味かー。相変わらずオッシャレだね」
「なんでお前があっちの学科にいないのか不思議だよなー。あー浅野マジ憎いほんとなにあいつ!」
「俺デザインとか美術とかは昔からからっきしなの。ほらほら僻むなって、草間も充分かっこいいよ」
地団駄を踏む草間をなだめつつ、中庭を闊歩する浅野を見る。俺たちの通う高校はちょっと特殊で、いわゆる普通科の他にデザイン科と呼ばれる美術専門の学科がある。浅野サマこと浅野喜一郎はその中でも一際派手で、センスが良くて、学校みんなの嫉妬と羨望の的。無関心な人もいるけれど、少なくとも草間はアンチ浅野派。話したこともないのに目に入ると勝手に敵意をむき出しにする。ちなみに俺は無関心を装ってるけれど隠れ信者。着こなしとかスタイルそのものとかは俺には全く分からないけど、アイテムのチョイスが俺好みなのだ。テキスタイルも見たことないようなハイデザインな奴を着てくる。遠目で見えにくいが、今日もきっと素敵なお召し物なのだろう。そう思うとあの甘い痺れが背筋をちりちりと焦がしていった。
「昼休み終わるのにお散歩とは呑気なこと」
「俺たちだって人のこと言えないじゃん。次移動なのに誰もいない教室でぐだってるほうが駄目人間ぽいし」
「ヒーローは遅れてやってくるものだぜ伊吹ちゃん」
「学生がやるとただの遅刻だからな。次って化学室だっけ」
軽口を叩きながら用意をして、がらんとした教室を出ていく。まだ昼休み中なので、生徒たちの生み出した喧騒が廊下に響き渡っている。
特別棟と普通科棟、デザイン科棟をつなぐ渡り廊下まで行くと、人影がまばらになった。
そういえば今何時だろう、と手をポケットに突っ込んで、立ち止まる。
「ごめん草間、先行って。俺ヒーローになるわ、携帯忘れた。代わりにカタログがポケットに突っ込んであった」
「あららら、それは災難ちゃん。サボるなよ、服おたく」
ひらひらと手を振ると、草間はそのまま特別棟に繋がる吹き抜けの廊下へ進んで行った。
その背中を見送り、踵を返してもと来た道を戻ろうと一歩を踏み出す。
「へぇ、この学校にそれ知ってる人いるんだ」
ぐわわん、誰かの声が背後からした。聞いたことない声だから知り合いではないのだろうけど、まわりに俺以外いないから、俺に話しかけているらしい。無視するのも失礼かと思い、スピンを決めて声の方を向く。そこにいたのは予想外の人物。
「……浅野?」
「あ、名前知ってんだ。オレ有名人だね」
にぱ、といつもは表情のない顔を破顔させると、俺のほうへ歩みよってきた。
「これすきなの?」
ぐい、と俺のブレザーのポケットに手を突っ込んで、お気に入りのリーフレットを取り出した。
「えっと、テキスタイルが」
「ほー、これ理解できる奴がウチのとこにいるとは。テキスタイルなんて言葉使うからにはデザイン科?みたことないけど」
「いや、えっと、ただの普通科」
ふーん、と言いながら浅野は俺のリーフレットをぺらぺらとめくって遊び始める。
途方に暮れた俺は視線を至る所に彷徨わせた。複雑なカールをした浅野の髪、俺達しかいない廊下の床に刻まれたサッシの影、浅野の柄もののパステルカラーのカーディガン。
「って、それ、新作」
うわごとのように言って指し示せば、浅野が「ん?」と首を捻った。
「あぁ、これ。思わず予約しちゃったんだよね」
浅野はそう言って、さっき俺が興奮のあまり変な声を出したカーディガンのページを開いて自分と比較するように並べた。
「かっわいい」
「だよなー。誰も理解してくれないんだよねー。お前、いい奴」
歯を見せて笑う浅野に、またあの痺れが走る。
「えっと、それ、素材は?」
「触る?」
「は?」
「だから、触る?素材とか興味なくて知らないからさ、触った方が手っ取り早いかと思っ
て」
怪訝な顔をすると、浅野は長い腕を俺の前に出した。浅野をちらりと見るとはやく、というように腕を小刻みに2、3回ほど上下させた。
浅野の二の腕あたりに指を置いて、一気に滑らせる。想像通りの滑らかな感触と共に、今までにない強烈な痺れが身体のあちこちに伝播していった。
「タイトショートかー、似合うね」
ふいに、浅野が俺の頭に手を伸ばした。しゃら、耳元の毛を一束掬って長細い指を俺の髪に滑らせる。さっきとおなじ痺れが俺をむしばんでいく。
「染めてる?」
「茶色くしてる」
「明るくはしないんだ?」
「ダークトーンが好きだから」
「似合ってる」
浅野はふ、と微笑むとふいに手を離した。
「また会えるといいね、伊吹君」
パタパタとリーフレットを振りながらくるり、と俺に背を向けて、浅野はデザイン科棟の方へ消えていった。無機質なチャイム音が無慈悲に鳴り響く。
あの甘い痺れは恋の真似事みたいだ。
持っていかれてしまったリーフレットをどうしようか考えているとき、そんなことが頭によぎった。





*あとがき
今回きーちゃんの企画に参加させて頂きました、ナイロン100%と申します。
いろんな人の作品が集まるから、自分の色を出そう!と思って書いた結果が趣味全開とい
う。髪、服、BL、高校生。好きなものしか詰めてない(^w^)拙いですが、やるせなさとか
ぐだっとした空気感とかが伝われば幸いです。最後に、企画してまとめてくれたきーちゃ
ん、参加者の皆さま、読んでくれた方々にスペシャルサンクス!

同工異曲に提出



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