次の日、副長の指示通り蔵馬の縁者____ミツバさんを見張るために私と山崎さんは朝早くから支度を進めていた。病み上がりにさせる仕事じゃないよな、なんて考えながらまだ薄暗い空を見る。
「……ミツバ殿の婚約者が今回の標的なんて、やる気起きないなぁ」
「そうですね」
「でも副長もそれ以上にやる気起きてないんじゃないかな」
「そうですか」
「昨日ミツバ殿、副長の顔見て倒れてさ…武州にいたときの事は知らないけどただならぬ仲なんじゃないかな」
「そうなんですか」
「名前ちゃん、やめてくんないそのそうですかの活用」
「そうですか」
私の言葉に山崎さんはため息をついて装束に身を包む、私は変わらず隊士の制服で遠いところから見るつもりだ。元々監察じゃないから天井裏とか床下とか隠れるつもりはこれっぽっちもない。
副長は、まだ蔵馬の身辺を探っているのかな。
ミツバさんは、今どんな気持ちで床に臥しているのかな。
山崎さん以上に何も知らない私がこんな事を考えているのは、余計な事以外の何物でもないけれど。
「ミツバさんは病院へ行くらしいので山崎さんはそのベッドの下で待機していてください」
「ベッド!?」
「大丈夫です、私は50m離れて見守っていますから」
「それもう他人のふりだよね」
「監察なんて四捨五入すればストーカーじゃないですか」
「局長と一緒にしないでくんない!?監察って結構大変なんだからね!?」
ぎゃんぎゃん文句を言う山崎さんを放っておいて、外へと出る。少し冷たい風が髪を揺らして部屋へと入り込んだ、そろそろ日が昇る……
****
蔵馬がミツバさんの病室を訪れたのは昼頃だった、ベッドの下に潜んでいる山崎さんからは「特に当たり障りのない会話をしてる」との事。
そりゃあ、ミツバさんの前ではボロを出さないだろう。トランシーバーを切って病院から出ていく蔵馬を見ていたら、何故か万事屋さんが病室に入っていった。そこまで仲良しになっていたのかなとのんきな事を考えていたらあろうことか今度はボロボロの山崎さんを連れて出てきたので持っていたトランシーバーを床に落としてしまう。
何が監察としての誇りだバカヤロー。
仕方なく二人が去ったのを見計らってミツバさんの病室へと入る。
ミツバさんは私を見ると優しげな笑みを浮かべてくれた。
「まあ、名前ちゃんも来てくれたのね」
「具合はどうですか」
「ふふ、大丈夫よ。あ、お煎餅食べる?」
悪意0の笑顔で差し出されたのは真っ赤に染まった激辛せんべえ、好意を無下にしないためにも「いただきます」と口に含む。
……あれ、口の中に心臓があるよ。
ドッドッドッて脈打ってるよ。
「あなたを見た時にほっとしたわ、総ちゃんの近くにも歳が近い子がいたのね」
「……」
「小さい頃からなかなか同年代の友達を作らなくて心配してたの、十四郎さんとも………今でもケンカしているのかしら」
十四郎さん、めったに聞くことのない副長の下の名前。その言葉を口にするときのミツバさんの声はとても柔らかくて優しげなものだった。
関係のない私でも分かる、特別に想っている事ぐらい。
結婚が決まった今でもそんな風に名前を口にしてしまうぐらい、そんな顔をしてしまうぐらい、今でも大切に想っている事があるぐらい。
副長はきっとお見舞いに来ていないだろう、私と山崎さんをここに置いて自分は別の所で仕事している。
「ミツバさん」
「なぁに?」
優しく微笑むミツバさんに、聞いてしまった。
「……あの、副長の、事……土方十四郎の事、お好きですか」
こんな事聞いたのがばれたらきっと沖田隊長にも副長にも殺される。
でも、だけど……
ミツバさんは驚いた顔をして私を見ていたけどやがてまた何も言わずに微笑んだ。
「誰にも、誰にも言いません……だから、」
「……私は今、幸せよ」
「…………」
「たとえあの人の傍に身を置けなくても、私は幸せになるの」
ミツバさんはそう言うけどだけど、じゃあなんでそんな悲しそうに笑うんですか。
その笑顔が私を置いていった時のお姉ちゃんの笑顔に被って、痛いぐらい胸が締め付けられる。
ねえ副長、あなたは今何を考えているんですか。
どうして、大切な人にこんな顔をさせるんですか。
まだ、まだ声は届くじゃないですか。
まだ、伝えられる事があるじゃないですか。
「名前ちゃん、総ちゃんの事これからもよろしくね」
優しい人が傷つくだけの世界なんて
おかしいじゃないですか。
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