「名前ちゃんが帰ってこないんですけど」
「え!?マジでか!!」
「近藤さん、ほっといても戻ってくるだろガキじゃねぇんだ」
「でもさ!何かあったらさあああ!!心配じゃん!!」
「土方さんが泣かせたから帰ってきたくないんじゃありやせんかィ」
ポツリと呟かれた沖田の言葉に山崎と近藤の視線は土方に向く、土方はバツが悪そうに目をそらすと誤魔化すようにタバコの煙を吐き出したが近藤と山崎は聞き捨てならないとばかりに絡んでくる。
「泣かせたのかトシ!」
「……」
「何してんですか副長!!」
「…………」
「死ね土方ァ」
「てめぇだけ全然関係ねぇだろうが総悟!!」
浴びせられる言葉に我慢の限界がきた土方は近くにいた山崎を怒りに任せて蹴り飛ばす、そしてそのまま踏みつけるとヤクザも顔負けな悪人面をして「探してこい山崎」と一言。
「え、俺?」
「あぁ?てめぇしかいねぇだろうが」
「ちょ、理不尽……」
「あ?」
「いってきます!」
何で自分が、と思わずにはいれられない山崎だがこれ以上暴力を受ける前にその場から駆け出した。
****
屯所を出てからかなり経ったけれど、今何時だろうもう帰らないと。…でも果たして今の自分は人前に出れる顔をしているんだろうか、目がヒリヒリする。
泣いてストレスを発散するって聞いた事はあるけど、私は何を発散したんだろう。まだ何か胸がスッキリしない、でもこれ以上泣いたら目が溶ける。ずずっと鼻を啜ると、後ろから誰かが駆け寄ってきた。
「見つけた…!うわ、その顔どうしたの!?」
「……山崎さん?」
ヒョッコリ顔を出したのは汗をかいている山崎さんだった。私の隣に疲れた様子で座ると「探したよ」と笑う、探したよって…何で?
「副長に頼まれてさ…つくづくパシりだよね俺」
「なんか、すみません」
「案外早く見つかったから良いけどね。というか副長に泣かされたって本当?」
興味本意半分、心配半分といった様子で顔を覗きこんでくる山崎さんを見てると何か和む。それなのに何でかまた泣きたくなった。
泣かされたとかじゃ、ないよ。
私はいつだって、勝手に行動して周りを振り回してるだけだ。
「……こ、わいんです」
「え、副長が?」
「……っ、こわくて」
「……副長、じゃなくて?」
「声…!」
「声?」
「声が、とどかなくなるのが……こわくて、たまらない…!」
亡くなってしまったミツバさんを見て、泣いている沖田隊長と副長を見て、私は自分と姉さんを重ねていた。
そうなるのを防ぎたくて、自分が救われたくてあの時副長の所に急いだ。2人の間柄なんて気にしてなくて、まだ言葉は届くんだと信じていたくて行動した。そして勝手に、傷付いた。私は、勝手。
「なんの話か俺にはよくわからないけどさ……」
言葉を選んでいるように困りながら話す山崎さんに、耳だけ傾ける。顔は、上げられないから。
「届くと思うよ、俺は。名前ちゃんの声」
「……」
「少なくとも俺には届いた、だから迷わずここに来れたし」
何かあるたびに、つい足が向いてしまう公園。
自分でも知らなかった癖で山崎さんに指摘されるまで気付かなかった。…さすが監察方、よく人を見てるんだなと感心したほどだ。
山崎さんは立ち上がると私に手を差し出してくれる。
「帰ろう、心配してるよ」
「……足痺れました」
「…………おぶれと?」
「………………」
目で訴えたら山崎さんはため息をつきつつも私の前にしゃがんでくれた。ほんとにいい人ですよね。
目の前いっぱいに広がる黒髪が副長の黒髪を連想させてじくりと胸が痛むから山崎さんの肩へと顔を埋める、意外と背中広い、しかも結構筋肉ある。これがギャップってやつか。
「……山崎さんいい体してますね」
「ごめんそれどういう事?」
「そのままの意味です、モヤシっ子とか言ってごめんなさい」
「ねぇちょっと、心の中で思ったとかじゃないの?口にしてたの?」
くだらない会話にふ、と笑みが浮かんだ。
山崎さんは不思議な人だ、監察という職業柄なのか空気に溶け込むのがうまいし空気を読むのもうまい。だから他の誰よりも一緒にいるのが気を遣わなくて楽だ。背中で揺られて眠くなっている内に屯所についたみたいで沖田隊長の声で一気に意識が覚醒していく。
「あ、見つかったのかィ」
「はい」
「…………」
「ん?寝てんのか?」
「いやさっきまで起きて……」
「山崎!見つかったのか!」
遠くからでもよく通るその声に体が震えた。
すぐ近くに迫ってくる声、感じる副長の気配。ダメだ、今の顔は見せられない。
下ろそうとする山崎さんにしがみついてふるふると首を横にふる、ついでに腕に力もこめる。
「ぐぇえっ……名前ちゃ、絞まってる!絞まってる!!」
「おい名字、お前……」
「わ、わかった!部屋まで送るから!!」
「は?ちょ、おい山崎!!」
制止も虚しく歩いていってしまう山崎の背中を見る土方の肩を沖田がポン、と叩いてニヤリと笑った。
「仕方ありやせんよ、今の土方さんかなーり嫌われてまさァ」
「…………」
「あれ、傷付きやした?」
「なわけねぇだろ!んなもん慣れてんだよ!!」
「…………そうは見えませんがねェ」
先程の小馬鹿にしたような笑顔ではなく含みのある笑みを浮かべる沖田の手を振り払い、土方も自室へと戻っていった。
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