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今日はホワイトデーだ。かといってバレンタインデーの見返りを期待しているわけではない。そもそもバレンタインデーと比べると落ち着いているホワイトデーにあのカイトが便乗するとは思えないし、バレンタインデーのときだって多分街の雰囲気にあてられただけだろう。それでもあの時のカイトは可愛かったと素直に思うから、まあそんな日があってもいいなと考え直した私がいたが。


『…まだ起きてたのか』


そうカイトから電話が掛かってきたのは日付が変わる一時間前だった。


「んー仕事片付かなくて。あ、帰ってきたの?」
『ああ、さっきパドキアに着いたとこ』


先週から仕事で出てたカイトはたぶん来週には帰ってくると思うと曖昧な連絡しかもらってなかった。だから本当に今週カイトが帰ってくるのかどうかはっきりしないままだったのだ。何も知らないまま次の日起きたらカイトがいましただなんて吃驚してしまうというのに。今でも突然すぎて少し驚いてるんだから帰ってくるならくるでもっと事前に教えてほしかった。そんなことを考えて何も言わない私より先にカイトは口を開き「今からそっちに向かう」とだけ言うと電話を切った。


*


もしかしたらすぐに寝るかもしれないし食べるかどうかもわからなかったがもしカイトがお腹をすかしてたらと思い軽食を作っているとガチャと扉が開かる音が耳に届いた。時計に視線を向けると長針はあと少しで8を指そうとしている。思ったより早かったから元々そこまで遠くなかったんだろうか。


「ただいま」
「おかえり〜」


火を止めて玄関にひょっこり顔を出せば先週出ていったときよりも少しだけ荷物が多くなっているカイトと目が合った。行き先は聞いていたがその行き先とはあきらかに雰囲気が一致してない可愛らしい箱がカイトの手には握られていたが、カイトが変に隠そうとするわけでもなく堂々と晒されているので今訊かなくてもそのうちカイトから話してくれるだろうと特に気にすることなく私は話しかけた。


「カイトお腹すいてる?」
「少しな」
「じゃあ丁度よかった。少しだけど今作ってるからそれ食べなよ」
「ああ、そうする」


私はその返事を聞いてにっこりと笑うと台所へ戻って料理を再開した。あとちょっと炒めて皿に盛り付ければ終わりだからそんなに時間はかからないだろう。私の予想通り、火を止めて皿に盛り付けようとしたところでカイトがやってきてダイニングの席に腰を下ろした。


「………」
「………」


カイトは元々口数が多くはないほうだが無言が続くなんてのは珍しかった。いただきますと言って食べ始めてから少し口を開く程度で、それ以外は料理を咀嚼し時折箸を止める動作をしていた。息苦しい、気まずいとは全く思わないので気にはしないが、会話らしい会話がないのは少しだけ寂しくも感じる。何か考え事でもしているのか、それとも疲れているのか、箸を止めるカイトはどこか上の空である。

私は入れたばかりの紅茶に口をつけながら机の上に置かれている可愛らしい箱に視線を動かした。こんなにも目に届く場所に置いてあるというのにカイトは何も言ってこない。それとも私からこれがなんなのか聞いたほうがいいんだろうか。そんなことを考えながら視線を戻せばバチリとカイトと目が合った。


「…あー、それ」
「ん、これさっきから気になってたんだけどどうしたの?」


ライトサーモンの可愛らしい箱で、女の子が好きそうなそれはきっと買うのは恥ずかしかったに違いない。いや、カイトが買ったわけじゃなくてもらったのかもしれないけど。質問の返答は未だ返ってこなく、カイトはあーだのうーだの呻きながら視線をキョロキョロさせている。それから辛うじて聞き取れた声は空気に消えてしまいそうなほど小さかった。


「……その中身、マカロンが入ってるんだが」
「中身それだったんだー。可愛い箱だなって思いながらすごい気になってた」
「…あー、それで、それナマエにお土産」
「やった!ありがとう!でもカイトが行ったとこってこういうの売ってるようなとこじゃないんじゃ」


そこまで言って私はカイトの耳が赤くなっていることに気付き、思わず言葉を止める。いや、まさか、まさかね。なんだかこのまさかな展開があのときと同じような気がして、今日が3月14日だったということを思い出す。思わず「ホワイトデーだから?」と独り言のように呟けば、カイトから「…ああ」とやはり消えてしまいそうな声が聞こえてきた。

特別な人
どうして私の恋人はこんなにも可愛いんだろうか。

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