――ガコッ!
室内に鈍い音が響き渡った。周りの部下達はびくりと肩を震わせ、音の原因――何処にでもある一般的なゴミ箱だが――を蹴り飛ばした一人の青年に視線を向けていた。青年は整った顔立ちをしているが、眼の下に出来ている隈と疲れ果てた顔で残念な雰囲気だ。
青年――ルキフィス・エルリックは最近の仕事の多さに苛立ちを隠せなかった。毎日毎日書類整理に見舞われる日々に嫌気がさしていた。山のように配布される書類は、睡眠時間を削らなければ処理しきれない量だったからだ。ルキフィスの最近の睡眠時間は多くて4時間。少なくて2時間だ。これでは、体は壊れてしまうだろう。
「ルキフィス准将、大丈夫ですか?」
そんなルキフィスに声をかけたのはルキフィスの部下でもある、ラーシュだった。
ラーシュ・シベリウスは、ルキフィスの右腕とも言われる人物だった。錬金術師ではないものの射撃や格闘においては軍の中でも上位の強さだ。幼さを残した顔立ちだが、これでも25歳。童顔や女顔という言葉はラーシュには禁句だ。怒ると怖い。
「ラーシュ…大丈夫そうに見えるか?」
「見えませんね。ところで、ルキフィスさん、弟さん達が見えてますよ」
質問を質問で返したのは良くないが、ラーシュはさらりと言った。それから付け加えられたのは弟達が来ているということだった。ルキフィスには2人の弟がいる。ルキフィスと同じ金髪の少年、エドワードと大きい鎧が印象的のアルフォンス。
「よぉ。お前ら、どうした?」
「ルキ兄さんに会いに来たんだよ」
「まぁーな」
軽く手をあげ挨拶をすればエド達のほうへ歩み寄ればエドはぽりぽりと頬を掻きながら答えた。
「んで、旅のほうはどうだ?」
エドの肩に腕を回し耳元で小さく尋ねる。エドとアルはある物を探すため、旅に出ていた。賢者の石と呼ばれるものだ。賢者の石は錬金術の基礎である「等価交換」の原則を無視して練成できる幻の術法増設機だ。エドとアルは賢者の石を探していた。勿論、ルキフィスも探している。兄として、出来る限りの協力は惜しまないつもりだ。
「ぼちぼちだな…。噂はちらほら聞くんだけど、どれも偽者だった」
「そうか…」
「ルキ兄のほうはどうだ?」
「仕事がないときは文献とか見てるが、収穫はねぇな。そういえば、噂で聞いたんだがリオールっていう町に奇跡のような業を使う奴がいるらしい」
「リオール?」
「一度行って見たらどうだ? …いや、一緒に行こうぜ?」
「はぁ? ルキ兄、仕事は?」
「勿論、仕事でだ。大総統から仕事を貰ってな。ロイに資料を届けなくちゃなんねぇ。あと、視察で色々回んなくちゃいけねぇんだ。だから、当分の間は一緒に旅できるぜ」
驚いた顔をしているエドに、ルキフィスはにやにやと笑いながら言う。大総統から、ってのは本当のことだ。つい先日、呼び出されたかと思えば重要な書類と共に視察の命を出された。視察は各地の町の様子を見て提出しろとのことだ。何故、ルキフィスが選出されたかは分からないが一度命令されれば逆らうことは出来ない。