注がないで


またか。窓枠に頬杖をつきなんとなしに視線を下げて外を眺めると、眼下に広がる見慣れた光景に顔が歪むのが分かった。
ドロドロした醜い感情がどす黒く渦を巻いて吐き気に変わる。
咄嗟に手で覆い、呼吸を整える。ひゅうっ、と掠れた息が指の隙間から漏れ出して心底気持ち悪い。

生理的に浮かんだ涙を指で雑に拭って、胸中に溜まった汚い空気を全部入れ換えるように深く息を吐いた。



花宮真は人を不快な気分にさせる天才だ。悪童という二つ名を聞いて間髪入れず頷いたほど。一度だけ見に行ったアイツの試合は、憎たらしいほどアイツらしいラフプレーばかりのもので鼻で笑った。



嫌いだ。この世で最も嫌いな人間だ。




瞼の裏で、いかにも頭の悪そうな身体目当ての女と腕を組み、そのまま自分の家へと入っていったアイツの姿がちかちかと光った。




嫌いだ、幼なじみという関係を今すぐ断ち切ってやりたいほど。





私と花宮真は皮肉にも幼なじみという見えない鎖で繋がれている。気付いたときにはアイツは隣の家に引っ越して来ていた。しかも私の部屋とアイツの部屋は漫画でよくあるようなお互いの部屋を行き来出来る間取りで。小さい頃はよく遊びに行ってたっけ、今じゃ考えらんないけど。

自嘲気味に笑って、ベッドに身体を投げ出す。





『………ちょっと、真…んんっ』

『……うっせえ黙ってろ』





聞こえてますよお二人さん。しかも窓開いてるし、絶対アイツわざとだ。性格悪いな相変わらず。



隣の家、間隔一メートルあるかどうかの距離にある花宮の部屋から聞こえてきたやらしい声に眉をしかめる。



高校生になってからアイツはいつも違う女を家に連れ込むようになった。そして決まってコトに及ぶのだ。
よりによって隣に住む私は毎回その現場に出くわし、聞きたくもない喘ぎ声や嬌声を聞く羽目になる。




シーツの海に包まれながら、いつものように聞こえてくる嫌いな男の性生活のワンシーンを遮断するようにきつく目を閉じる。





“名前ちゃんって、好きな人いないの?”





いつだかクラスメイトの女子に聞かれたことがあった。
自分から積極的に会話に入るタイプではないので、確かそのときも流れで回ってきたはず。




“花宮君、とか?”




無邪気に尋ねてきた彼女は何も知らない。
私が花宮に対してどんな感情を抱いているか。





知らないのだ。







花宮真が抱く女は毎回違う。
誰にでも身体を許しそうな金髪ギャルから隣町の有名なお嬢様学校の制服の子まで、まあ外面だけはかなり良いようだから選り取り見取りなんだろう。
だけど一つだけ、たった一つだけ共通点がある。







『……っあ、まことっ』

『……名前っ』






聞こえてきた名前、すぐさまベッドから飛び出し机の上に置かれていた音楽プレーヤーに手を伸ばす。



周りの一切を拒絶するようにイヤホンを埋める。




『……名前っ』




花宮真が抱く女、私と同じ名前の女。たった一つの共通点。




脳髄に響くメロディーが神経を麻痺させてくれる。


初めは偶然だと思ってた、けど今じゃもう十数回を優に越えていて。どんな理由を付けようとしても苦しい事態になった。




歪んでる。








注がないで、空っぽがいい





「……そんな愛なんていらないわよ、バァカ」


でも一番歪んでるのは、そんなあいつに恋する私。




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