妹ちゃんがバイブルと説き、崇める少女漫画では、彼氏と彼女が自転車二人乗りなんかして、「きゃっ!腰に手を回しちゃった!」とか、「こんなに距離が近いなんて…トゥンク…」なんて思いで、二人乗りでは当たり前な事に赤面するらしい。
…正直な話、俺も彼女とこういう事がしたい。二人乗りしたい。めちゃくちゃしたい。夕暮れ時に河原の上(但しここらへんに河原はない)で彼女と二人で自転車にのるとか最高じゃん?彼女が照れ臭そうに腰に手回したり、肩に手を置いたりしてほしい。
ある意味、彼女と放課後二人乗りは男のプラトニックなロマンといっても過言ではない。否、もうロマンそのものだ。だから世の中の非彼女持ち(数年前の俺)は「ケッ、二人乗りなんぞお巡りさんに捕まってしまえ」と呪いをかけるんだ。羨ましいから。ソースは俺。
そんなわけで、男は死ぬほど二人乗りがしたい、少なくとも俺は大好きな彼女と二人乗りがしたい。
「二人乗り?えー、一回落ちた事あるから嫌だ」
死にたい。
「い、いいじゃん!ちょっとぐらいやってみようよーお願い!奢るから!!」
「危ないよ、あと二人乗りならチャリアカーあるじゃん」
「あれ二人乗りじゃない!!」
「自転車の二人乗りとか警察に見つかったらお金取られるよー」
「目で警察回避するから!!」
「自分の目もうちょっと誇り高く使えよ」
名前ちゃんがフルーツ牛乳を飲みながらやる気なさげな瞳で此方をみる。顔に『そんな事する暇あるならバスケしろ』と書いてある、酷い、どうして俺の彼女はこんなに非ロマンチストなんだ。
彼女、苗字名前はとんでもなく現実主義でクールだ。例えを出したらわかりやすい。少し話させてくれ。
「あー寒っ…手袋すれば良かった…」
「あ!俺の半分かしたげる!」
「いやポッケにカイロあるから大丈夫」
「名前ちゃん、誕生日何が欲しい?」
「……滅茶苦茶美味しいスルメ?」
「えっと、あの、さ、今日親いないんだけど、俺の家…来る?」
「まじで!?よっしゃ!今日こそ和成にマリカで勝つ!!!!」
以上、名前ちゃんの会話の一部である。
…あり得ます?普通、片手に手袋はめて、片手で手繋ぐよね?普通、真剣な顔で誕生日にスルメ頼まないよね?普通、ここはマリカじゃないよね!?
そんな事、名前ちゃんは一切気にしない。我が道をいく、我が道しかいかない。
そう、名前ちゃんの我が道にはスルメにしかないのだ。
「でも譲れないいいい!!お願い二人乗りして!!」
「……」
明らかに呆れた様な顔をした名前ちゃんがフルーツ牛乳に口をつける、ズゴ、と中身が無くなる音がして、名前ちゃんは口を開けた。
「他に、なんかやりたい事はある?」
「え、」
「和成が他にやりたい事」
ストローを使いパックに空気を送る度、ばこばこと膨らんでは萎む。
他にやりたい事、やりたい事、やりたい事やりたい事やりたい事…
「…クレープ食べながらデート」
「…次」
「映画館でポップコーンあるのに手を繋ぐ」
「次」
「手を組んでイルミネーションをみる」
「次」
「学校で隠れてちゅーしたい!!」
「よしきた」
「え」
開かれた窓と風で浮き上がるカーテンと軽く引っ張られた襟。
「…残り三つはまた今度ね、恥ずかしいから」
「あ…」
しゃあしゃあと、本当に何事もなかったかの様に次の教科の用意を始めた名前ちゃんと、対極に真っ赤になって固まってしばらくは動ける自信がない俺。
「は、恥ずがしがるツボが可笑しい!!」
「そ、二人乗りは我慢してね」
未だに唇の感触に心臓がバクバクしてる俺に二人乗りなんてできるわけがない。