「俺、一週間後に転校するんだ。クラスのみんなは知ってる知らないのは苗字さんだけ」
その言葉は耳障りなほどに頭の中に直接響いた。高尾君はらしくも無い乾いた笑顔を浮かべてそこに佇んでいる。その表情が彼お得意の冗談ではなく真実だと物語っていた。
「う、そだよ…ね?」
零れ落ちそうな涙をこらえ、胸が張り裂けそうな痛みをこらえ、嗚咽をこぼしそうになるのをこらえた。どうしてわたしには教えてくれなかったの?とか問いただしたいがそんな言葉は何の役にも立たない事を分かっているため静かに飲み込んだ。高尾君はその問いに返事をせずただ私の目に瞳を合わせうっすらと穏やかにほほ笑むだけだった。
「あーあ、言っちまった。やっぱこういう事言ったらしけた空気になるから馴れねーよな」
急に快活に高尾君は笑って、でもどこか切なそうに今にも泣きだして喚きだしたいという様な顔で言ったのだ。
なんで、なんで?頭の中を同じ言葉が幾重にも重なって回る。脳がショートしてしまいそうな程に同じ事ばかりを考えて結果はどうあがいても変わらないと分かっているのでどうにかこの目の前のドラマ的な現実に打開策はないかと探して。でもやっぱり答えは変わらなくて。
「俺さ、苗字さんの事好きだから絶対言いたくなかったんだ、こんなこと」
「…言ってくれた方が良かったよ。好きなら尚更」
「でも言ったら苗字さん悲しむだろ?」
私は黙ってその言葉を聞いた。肯定も否定もせずにただ沈黙を透した。高尾君の言ってる事は正しいだからこそ何も言えないしけれど肯定をしたら高尾君はきっと悲しむだろうと思って私は何も言わなかった。
「…ねえ、高尾君」
「なんだよ」
「今ここで私がすきって言ったら迷惑かな?」
「…迷惑に決まってんだろ…っ」
うっすらとした透明のソレが高尾君の目尻にあふれていた。そしてその言葉が高尾君の何かの糸を切っってしまったみたいで。
「今更言われても、俺何も苗字さんにしてやれることねーし…」
「あーもう、泣かないでよ高尾君。私困るよ」
「泣いてなんかねーよ!」
頬を上気させ、目を真っ赤にし高尾君は叫んだ。先程のソレはもう溢れるだけにとどまらず高尾君の頬を伝っていた。
「…私さ、ずっと高尾君の事好きだったから高尾君が転校するのも受け入れれるよ。だって、そっちの方が秀徳高校に近いんでしょ?高尾君の夢だもん、応援してる」
「…」
「もう、黙らないでよなんか私が高尾君を泣かせてるみたいじゃない」
「…」
高尾君はそれでも黙ったままだ。はあ、と私は溜息を一つつく。
「私は高尾君が笑ってくれてるだけでいいよ、いくらそこが遠い地でも、もう会えないような場所でも。そこで高尾君が笑ってくれてる。それだけで高尾君の周りの人も私も幸せになれるんだから」
私がそう言うと高尾君は恐る恐る口を開いた。
「……」
口を開いたという言葉は語弊があったかもしれない。口を開いて息を吸って、そして私の唇に噛みつくようにキスをした。あまりにも突然なその行為に私は拒絶も出来なくてその行為を黙って受け入れる事しかできなかった。
「俺は…今は苗字さんを幸せに出来ない。けれどっ、ずっと待っててくれたらいつか幸せにするから!」
高尾君は普段から考えられないほど赤面し照れて、私にそう伝えた。
「だから、今のは…未来への担保ってことで!」
あまりにも必死で余裕をこいていた高尾君がこんなにも取り乱してその様子とその言葉に私は小さな笑みが漏れた。
「うん、ずっと待ってるよ」
高尾君がいつものように幸せそうに笑った。
遠く遠いその地で、あなたが笑っていますように
いつかは隣で笑ってくれるかな?