君より素敵な


昨日嘘をつきそこねちゃったの、と名前は言った。四月が始まって二日目のことだ。でも今日は本当のこと言わなきゃいけないから、と切り出して名前が告げたのは、嘘みたいな真実だった。

「私ね、転校することになった」

「……は」

いつものように鳴らされたインターホン、俺はいつものようにドアを開けたはずだ。だって今目の前では、いつものように名前が笑っている。
二年の半ばから付き合い始めた俺たちは順調にいわゆる恋愛をしていた。そしてそれは三年になっても、これからも続いていくはずだった、のに。
両親の離婚が決まったのだと、名前はさみしそうに微笑んだ。

「ずっと両親の仲が険悪でね、こうなるんじゃないかとは思ってたの。そうなったら私はどちらかについて行くことになるし、どちらについて行こうにもここには残れない。一人で暮らしていく力もお金もないし、母も私を手放したくないみたいだし、結局こうするしかないんだよね」

名前は、不思議な奴だと思っていた。いつもどこかふわふわとして、唐突に昔読んだ絵本の話をし始めたり、無心で俺の髪をいじってみたり。名前の行動はいつも唐突で、子どもみたいだった。でも今俺に静かな声で語りかける名前はどうしようもなく大人の顔をしていて、同時に悲しいほど子どもであることを思い知らされた。

「だからね、清志。お別れしよう?」

そうだ、俺たちは子どもで、選択肢を持てない。
そして同時に大人でもある俺たちは、いつまでも夢を見ていられないんだ。
俺にはお前を攫う力も、勇気もない。お前をずっと好きだと、軽い口約束をできるほど、子どもじゃないんだ。

「清志、私が前に話した童話のこと、覚えてる?」

「……ありすぎてわかんねえよ」

「あは、それもそっか」

名前の柔らかい指が俺の頬を縁取って離れていく。
名前が話した童話の中で、俺も読んだことのあるものが一つだけあった。夢の世界を救うために選ばれたいじめられっこの少年。嵐の中で世界の要となる姫の新しい名を叫ぶ少年の姿を、なぜか思い出した。

「私だったら、清志の名前を呼びたいよ」

名前の真っ黒な瞳が、キラキラと光っていた。すべて壊されたあとの宇宙をただよう少年がみた世界が、そこにあった。
ああやめてくれ、これじゃまるでお前の思考回路じゃないか。やめろ、お前とリンクしているなんて、まさかそんな、おとぎ話を。

「俺も、お前の名前を呼ぶと思う」

俺たちがテレパシーでも使えたら、お前は別れようなんて言わなかったのかな。いや違うだろうな。お前は子どもに見えて大人だから、俺たちにとって名前にいない時間というのがどれだけ重いか知っている。
でもなあ、これはいきなりすぎんだろ。お前はいつもそうだよ。でも俺も大人のふりして、子どもみたいに笑ってみせるお前に振り回されてやるのが好きだったんだ。
お前のことが、好きだったんだ。

「お前、昨日この話してくれたらよかったのに」

俺の言葉に、名前が面白そうに笑った。その拍子に零れた涙に、やっぱり今日は二日だったと知る。
頼むから嘘だって言ってくれないか。もうすぐ始まる新しい季節に、お前がいないなんて。




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