白状

「──…ひどい」

 みみもとで、あいてが泣いているようで──…おんなは、いささか困惑した。

「……おまえは、ひどい」





 天窓から羽根が落ちてきた。
 鳶色の、縞模様のおおきなひとひら……。

「……ペルか。」

 きいと軋む音が鳴り、見上げれば──…そこには、とり・・ヒト・・との狭間のすがた。
 異形は──するりと、隣に降りてきた。
──…おおきな音を立て、天窓が閉まる。

「ヘレウ、」

 鉤爪を仕舞いもせずに。
 そのせつな。
──…異形のおとこは、おんなを、床の上に組み敷いた。





 ぐずぐずと、みみもとで音がする。
──…泣き声だろうか。
 このおとこは、意外と、よく泣く。とおいむかしから……。

「……ペル。……なにごとだ」
「とぼけるな。」

 このまま、床の上で蹂躙されるのだろうか──と、ぼうやり思った。

(──背中がいたくなりそうだ。)

 ひとごとのように考える。

「──…ひどいじゃないか。」
「──…わからんな……ペルよ。」

 耳介に、ぬるりと、熱いものが触れる。ねとねとと這ってゆく。……獣のにおい。
 はらのおくが、じくりと疼いた。

「ヘレウ……!
 ……あれだけ。
 あれだけ……契ったではないか。」

「……ほう。」

「──…なかった、ことに、するつもりか。
 ぜんぶ……!」

 両腕を掴む鉤爪が、ひふに喰い込みいたみを覚えた。

「……なにか、ゆきちがいがあるようだが。」

「なにがだ!」

「べつに契ったつもりはない」

「……ヘレウ…!
 おまえ……、やはり……」

「ただ、ひとか、ふた同衾どうきんした。
 ──…それだけだろう。わたしたちは。」

「ヘレウ、」

「ペルよ。……履き違えるな。
 おまえの占有物ものになってやった覚えはない。」

 鉤爪を、振り払おうとした。が、いっそうぎりりと締め上げられただけだった。

(──…けもの・・・め。)

 とり・・ヒト・・との狭間のすがた。
 血走った白眼しろめに、ぽかりと浮かぶ、ひらいた黒檀の瞳孔。いまだけ、金の輪を纏うそれ……。

(──…どうして。)

……なぜ。
 すなおな物言いが、できぬのだろうか。
──…わが口・・・は。

(……まったく、)

 噛み付くように接吻され、ますます、ことばは喉の奥へ奥へと縮こまる。
……いつも、そうだ。
 この、愚直なおとこを傷つけることばかり……。吐く。この口。

「ペル、」
「──…なにも、言うな……。聴きたくない、」
「──…ペル。」
「──やめろ!」

 この、やさしいおとこがこれほどに取り乱すのは、ここ最近のおのが行いのせいだろう──…。
──おんなは、ひとりでそう思う。

──…避けていた。
 ずっと。
 その行為が、おとこをひどく傷つけるだろうと、知りながら……。
──…口をきくこともなく。
──…訪いに応えることもなく。
──…隣に立つことすら忌避し。

「──どうすればよいのか、わからなくなったんだ。」

 つぶやけば。
──…ひふに強くふれる手が、ざらりと止まった。

「ペル。……おまえが、わからなくなった。」

 ことばは空虚に落ちてゆく。
 乾いた青紫せいしのくちびるが、続いたはずのことばさえ、閉ざしてしまう……。

「ペル」
「もう……やめてくれ、」

 いとおしいと思う。
 凡情ぼんじょうにおぼれ。くるしみ、涙をこぼす──…この、平凡なおとこを。

「なさけないな、ペルよ。」
「──…ああ……そうだろうとも、」
「──それでよい。……おまえは、それで」

 この非凡な戦士の──…あまりにありふれた、取るに足らない内実が。そのこころが。
──…これほどに。

「──…いとおしいな。
 おまえというおとこ・・・は、」

 くろいひとみは、見開かれ──…
──激情を纏う金の輪は、すうとかすんだ。
 ぽたぽたと。
 ただ、ぽたぽたと──…あたたかく澄んだものが、おとこの閉じた双眸そうぼうから──おんなの頬へ落ちてきた。




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