少女蜂

──かぐわしく。貞淑な──…しらゆりの花。

──…その有する毒。

──…たいていの動物は、ゆりの茎をひたした真水を舐めるだけ・・・・・
──…それだけで、死に至る。









──みあげるような巨躯きょくである。

「──…明日のひる・・には戻る。」

 髪は夜色。
 は黒曜。
 はだ曠野あれのの大地のような赤銅色。
──砥草とくさで磨いた樫材かしざいみたく隆起したその肉体。

「──…よなか・・・ひとりは不安であろう。
 ……やはり、誰ぞ人を呼ぼうか?」

 鋭利なめつき・・・大漢おおおとこ
 かれは、いま──…その、巨木のような肉体を──ちいさく。ひくく。……折り曲げる・・・・・

 そうして──…

「大丈夫ですよう。そのようにご心配いただかなくとも」

 ちいさな、ちいさな──…かれのつまと目線を合わす──。

「……うむ……」

 夕刻。西野から射す茜火あかねびは、はるかな砂塵に掻き消えた。
──まもなく、夜警に向かう時刻であった。



「──…昼には戻る。」

「さっき聞きました!」

「──…なにかあれば、報せを寄越せ。」

「なんにもないですよう」

「……すまない。……不安にさせるやもしれぬが、」

「こわくないですってばあ。お留守番くらい……。
 わたくし、いなかのさびしいへんぴ・・・なところの出ですもの。
 実家のひとり留守と比べれば、このおうちでお留守番なんて、まるでもう。
 少しも寂しゅうございませんとも」

「──…うむ……」



 おおきな夫とちいちゃな奥方。
 ぐうと屈んだ大漢と、いっぱい背伸びの矮躯わいく──。
──…ふたりは、やわらかく頬をりあった。

 この国での、ごく親しい者同士の挨拶だ。

 ただ。──これを、おとこ・・・おんな・・・で行うは──…血の繋がった肉親か、ちぎり・・・をかわした夫婦だけ。

「いってらっしゃいませ!」
「──…行ってくる。」

──ふたりの頬擦りは、すこしだけぎこちない。
 まだ、ほんのり──…他人の距離・・・・・だ。






 やわこく、しずかな、夫婦の景色。


──けれど。




◆ ◆ ◆




──くる日。
 天上に在る昼の父太陽。その巨大な炎球は、まもなく、そらの中天に達する──。

──昼ひなか。
 とおく、王宮の時計台が、正午を指した。
 あちこちにある、円屋根まるやねの寺院──そのしろやかな尖塔ミナレットから、祈りの時刻を告げる歌が響き始める。

「──…あら。」

──蒼い布がひるがえる。あかい砂の大地。そらの色は希薄な雲に薄められている。

 ちいさなからだをすっぽり覆う──染め抜かれた絹の青さ。少女は、きょうの空よりよほどに深いそのいろを日除けに纏い、かけてゆく。ほそく、急な坂道だらけのみやこのみちを。

「いそがなきゃ、」

 おどるように、まろぶように、少女は駆ける。あたまから被った、青い日除け布が、歩調にあわせてぱたぱたなびく。

 乱立する、あざやかな陶板タイルの壁。五色ゆたかな魔除けの幾何きか模様もよう。それらの豪奢な邸々いえいえが落とす、濃くなまぬるくわだかまった白昼の影を踏み──…少女は、西へと・・・向かう。あおい布をなびかせて。

 乳酪バタアいろのはだ。前髪の両側に垂らした房を編み込んだ、黒檀こくたんの髪筋。ちいさく、ひくい鼻梁。──そのだけが、少女を覆う布の色より、空の色よりずっと濃い──海のような蒼。
──…けれど、当の本人は、海をみたことはない。



──おどるようにかけてゆく。
 恥じらいもなく、脚をするりと体側に沿って持ち上げる──しろい脛が巻衣からさらりとあらわになる。陽射しを逃れたかげのなか、とおい国のふしぎな踊りを真似ている。

「んー、んんんー」

 うみのむこうのおんがくを、少女は、うたう。──がさがさと雑音のある、蓄音機でしか聴いたことのないおとを。



 少女は、西へ西へとはしる。おどるように、まろぶように。

 豪奢な陶板タイルやしきの群れは、やがて、幾分質素な日干し煉瓦レンガの家々に。
──細い通りに、ひとの数が多くなってきた。
 物売りが、担いだ竿の両端に、はかりのようにたくさんの平焼きパンを積んで、売り歩いている。

(──…おいしそう。)

 少女は、ちいさな鼻を、うさぎのようにひくひくさせる。すこしお腹が空いてきた。
──残念ながら食べられない。
 お金はもって出てこなかった。……だって、これはそういうあそび・・・・・・・なんだから。


──少女は、おのれの邸とはまったく反対方向へ・・・・・・・・・・・・・・・・、駆けてゆく。





──…ふいに、頭上がかげった。

 雨がくるには時期がはやい。きょうの雲は薄い。
──せつなの戸惑い。
 少女は、かんばせを上げる。
 あおい、日除け布をほのかに捲り──…そらを見上げた。

──…はばたきの音。

 重いはなびらが、羽毛のように、ぽとりと落ちた。
──ゆり・・のひとひら。

「──…ひとりか?」

 巨きな、おおきな鳥だった。それは、石敷の地に──しずかに降りてきた。その巨体からは信じられないほど、そっと大地にとまった。

 とりだと思ったそのいきもの・・・・は、まばたきのあいだに、かたちが変わってゆく。……縮んでゆく。
──それでもやっぱり、ちいさなこどもにとっては、見上げるようなおおきさだ。

 やがて、そのとりは、白皙はくせきのおとことなった。





 とりだった男は、しろくおおきな花の束を抱えていた。

「まあペル様、おひさしぶりでございます」

 少女は、りはつな顔をしてみせた。かわいらしく笑んで、服の裾をつまんで持ち上げた──外国かぶれのませた・・・おじぎをしてみせる。

「──こんなところで、なにを、」

──それは、みやこの外れに近い場所。
 しろく、おおきな、そのおとこに──…ひとりきりのみちゆき・・・・を咎められ、


「ちょっとそこまでおつかいに」


 見えすいたうそ・・を、このうえもなくやわらかい子どもの笑みで包んで渡す。さすがに、こんなはなしに騙されるほど魯鈍ろどんなおとこではあるまい。──…少女は、内心で、ひっそりとひとつ。

(──あのかた・・・・よりは随分のんきなお人だけれども……。)
(──…それでも、)

 このおとこは──…かのじょの夫に、この国でゆいいつ相拮そうきつしうる武人だ。





──…かのじょは、知っている。

──…いずれ、このおとこが、
 少女の、いっとう、たいせつなひとの──。その、地位を脅かすことを。

 いつかの、未来。
 軍部の頂点を争う──…。
──…双璧にして、宿敵だ。


(──…よりによって。)


──…当人同士・・・・の実情はいざ知らず。


(──…いや・・なおひとに、見つかっちゃいましたねえ。)


──少なくとも。……彼女にとって、この白いおとことは──…そういう・・・・存在だったのだ。





「──まあペル様、すてきなおはな!
 もしや、これからとっても、ひと・・とお逢いになるのかしらん?」

 しろい、花の束。それはだれ・・に渡すものかと揶揄からかうこども──。

「──…。」

──…一瞬。……そのおとこの、石のようにしろいおもてに朱が差した。
 青紫せいしに刷られたくちびるが、誤魔化すように真一文字に結ばれる。
──…他愛のないおとこだ。揶揄い甲斐のないほどに、よくひっかかる。
 少女は、また、心の中でひとりち──おとこが花を渡すであろう女のことを考えた。顔見知りだ──…まるで、おんなではないようなひと
──莫迦ばかおとこ・・・だ。
 あのような女人にょにんが、花など贈ってよろこぶものか。



◆ ◆ ◆



「──…また・・、逃げたのか。」
「まあ。わが家の小屋のにわとりは、お利口にしておりますよ。──そらをゆく生きものみたく、飛び回ったりはしませんわ」

 鈴の鳴るような笑声。小動物のように、無害で、あいらしい音で紡がれる──皮肉と悪意。

「………きみの話だ。」





──…児童婚。


──年弱のこどもに対する婚姻の文化は、この国における悪習のひとつと言って相違ない。

 近年は減りつつある。──…だが、保守的な上流階級や、辺境の農村部では、未だ消えることのないものだ。





──…少女は、
──いつも、にげる。





 巨きな、やさしい夫。この世にはびこるよどんだものから、護ってくれたそのひと。
 でも。
 その、よどんだもの──…そのもの・・・・でもある。
 たいせつなひと。
 いとおしいひと。

──そのひとから。
 ふたりのいえから。

──…いつも、いつも、逃げ出す。





──…だって。
──これは、そういうあそび・・・・・・・だもの。





「──…あの男あれに限って……とは、思っているが……、
──…もし、なにか、困りごとがあるのなら……」

 やさしい他人のことばは、ふいに遮られた。

──…鈴の鳴るような。わらいごえ。



「──いいえェ! ……ふふ、ああ、ペル様ったら! おもしろい、」



──…埒のあかない対話。

「──…ほんとうに、そう思っているのだよ。
 なにか、かたいことがあるならば──…」

 苛立つこともなく。──…白皙はくせきのおとこは、しずかに。おもいやりぶかく──…少女に語らった。
──…だが、そのこどもが、こころをひらくことはない。
 わらいながら、わらいながら──…そのままかれを振り切って、逃げる気配があった。

 かれは、思う。
(──…とらえるのは、造作もないことだ。)

……実際、そうした方がよかった。かれが躊躇ったのは──…そうして、それを実行しなかったのは──そのはやぶさ・・・・の慧眼が、とおくに『影』をみつけたからだ。

──人混みのなかにあって──…けれど、明らかな異質さ。……大柄なペルのそれより、さらにまさるその巨躯きょく

 曠野あれのの大地が如き、赤銅のはだ。
 月のない暗闇みたくな。──…夜色の髪。
 黒曜の、するどく研いだやじりのような──…。


(──…ああ。
 追いついたか。)





 ペルは、おのれが抱える大輪の花のひと茎を──その、無骨な指でふつり・・・と手折った。
──…そうして、にこやかな敵意を纏うこどもの、やわらかな手に持たせた。

「──…きみの、望むようにしなさい。
 ……ただ、この世には──あのおとこの他にも、たくさんたすけはある。
──…きみが、まだ、それを知らないだけで。

──…きみは、どこにでもゆけるのだ。」





 まあ、ふゆかい。

「──…あのかた・・・・と、おんなじことをおっしゃる。」





 鈴の鳴るような声。
──…けれど、その笑みだけ・・が、せつな、消える。





──…少女は、駆けてゆく。
 青い、あおい海色の布をあたまに被り、ひららかせ──…におやかなゆり・・の一輪を、その乳色の耳介に挿して。

「──…。」

 ちいさな後ろ姿を、ペルは、見遣みやる。
──…これで、よかったのだろうか。
 なんらかのもやが、かれの胸中にただよう。

──…あの男・・・は、花のかおりをたよりにして、間もなく少女をみつけるだろう。

 おとなが渡した一輪の罠を、知ってか知らずか、少女は耳介で受け取った。

「──…チャカ、」

 人混みから、見慣れた巨躯きょくが現れた。
 その大漢おおおとこは、脚を止めることはなく、ペルに視線を向け──微かに頷いた。
 無言の目礼を、ペルはおんなじように返す。


(──…信じたい。)

(……信じて、いる。)


──ペルは、この同輩を信じている。
 この、無二の朋友ともを……。
 ものごころがつく以前からの幼友を。
 背を追い続けた兄分を。
──信じている……。なによりも。





──…これで、よいのだろうか。

──…ほんとうに。





 少女は、みやこのみちを、西へ西へとゆく。
──…都市のはずれにゆくにつれ、ひとの数が減ってくる。
 建物はより粗末に。
 ひとびとの服は、よりぼろ・・に。

 少女が被った、質の良い絹の布。
 耳元の、しらゆりの芳香。
 空の青。
 しら茶けた日干し煉瓦レンガ
 台地だいちにかかる、白亜の大階段。

──…その先に、あかい沙漠さばくが視えた。
……どこまでも。どこまでも──…。

 少女は、思うのだ。
──たとい海を知らずとも、

(この砂のはてしないことは、ほんものの海よりも大きいことに違いないわ。)

──どこか、ほこるように。
──…どこか、かなしむように。

──世界を、なにもしらぬまま。少女は西へ西へゆく。





 みやこの巨大な台地だいちから、沙漠へ降りる大階段にちいさなあしは差し掛かる。
──…それまで彼女のほそいからだを護ってくれた影はなく、陽射しがやわこい肌をあぶる。
 少女は、あわてて布をすっぽり被った。
 そろりと、階段に一歩を踏み出す──。

──…ふいに、少女は、背後をふり仰いだ。


「──…あ、」





 いとしい巨人。かのじょの──…かのじょ、だけの。巨きな夫。

「──…チャカさま!」

 おさない双眸そうぼうが、耀かがやく。──…暑熱しょねつの槍が如き陽射しを照り返し、なおいっそう、異様なひかりをおびて──…そのひとみは、笑みこぼす。
 ひとかけらの棘もなく。まさしく、こどもらしい顔で──…。──…否。ひとしずく。ほのかに、少女の先の羽化したすがたを匂わせる──なにか、つやびたものを帯びている。





(ああ──…だんなさま!)

(わたしの、だんなさま……)

(──…チャカさま!)


──…さあ。あそび・・・のつづきを致しましょう…!





 少女は、駆けてゆく。西へ西へと駆けてゆく。青い布がなびく。はてのない、白亜の大階段をなぞるように。少女は、駆け降りる。下へ下へと。まろぶように。おどるように駆けてゆく。





 男は、あゆぶ。西へ西へと追ってゆく。沙緑さりょくの衣が風を受け、ひるがえる。ゆうなるおとこの肉体は、はてのない大階段をものともしない。おとこは、降りてゆく。下へ下へと。
 悠々と──? いいえ。く脚で。





 遺跡が点在する、王都西方の沙漠──…治安はあまりよろしくない。

 青い布をまとい、しらゆりを耳介に挟み、少女は、砂の上をかけてゆく。
 木沓サンダルから砂が這入はいり込む。
 うすくやわこいあしうら・・・・白膚ひふが、ける。いたみに、少女の眉が薄くゆがむ。

──…ちかくで、けものの、こえがした。

 遺跡の影に隠れる前に。少女のそばに、あおぐろく、おおきな獣が迫る。真珠の牙が、少女のえりくびを掠める。──…その、たしかな手応え。

「──…!」

 獣の牙は、しかし、空虚をあま噛みした。少女の被ったあおい布だけが、くろい胡狼ころう口許くちもとはためく・・・・

 けものの姿が変じてゆく。──…ひとと似た、けれどもくろの獣毛を生ずる腕が──布を、やわらかく外し──…小脇に抱えた。





 少女は、駆ける。
 半人、半獣の大男は──…それを追う。

「──…あっ!」

 異形のおとこが、たくましいかいなをのばす。
 のがれた少女は──けれど、ついに、蹴躓けつまづいた。遺跡の基盤の石かなにかだ。

──…遺跡のなかに吹き込んだ、やわこい砂に──ちいさなからだは受け止められる。

「あ……、」

──…いたみを、少女は、おぼえた。





 ざり……と近づく、おおきなあし・・
 赤銅色のすはだを覗かせる木沓サンダル
──…厚皮が覆う頑丈な足裏は、熱砂をものともしない。
──…もう、獣の毛も爪もない掌が──…やさしく、少女をたすけた。

「──…つめが、折れたか。」

 声に色があるならば。それはきっと深淵な、孔雀石のいろでしょう。

「あの……」
「──…いたむか?」

 色ににおいがあるならば。それはきっと厳かな、針葉のそれでしょう。

「……はい。」



 少女の、あしのゆび・・
──ちいさな、ちいさなつめは、いたましく剥がれ──乳色の白膚ひふにあかい血を溢れさせている。……とめどなく。

 おとこは懐に手をやり、せつな、そのするどい眉を顰めた。
──…水袋も、なにも、持ってこなかった。


(……なんと、迂闊な。)


 常のかれらしくない失態だった。





──午后ごごいえに戻ったせつな、また、あの悪辣あくらつあそび・・・がはじまったのだと知った。かれは、飛び出すように外に戻った。いなくなった少女を捜して、みやこをひとり、彷徨さまよった。取るものもとらずに……。





 汚れた少女の傷口。──…折れた爪のあいま、溢れる血にまとわりついた、こまかな硝子のような砂。
──男は、おのれの羽織を脱ぎ、遺跡の折れた柱の上に敷く──…そうして、そこに少女を座らせた。

「──…水を忘れた。」
「はい」
「……傷から砂を洗い落とす。」
「はい」
「……気色わるかろう。」
「いいえ」
「──…許せ。」
「……いいえ。」

 おとこは、少女の足許あしもとに、ひざをつく。その巨きな背を屈める。
──…きずついた、ちいさなあしを、かたい手に取った。
 血に濡れた、少女のこゆび・・・
 砂で汚れたその部位を──…おとこは、やわらかく、口に含む。──…つめを剥がれた、熱く疼く傷跡を……。
 いたみに、びくりとほそい脚が揺れる。
 なまあたたかく。湿しめこい、おとこの舌が──…そろりと、傷をなぞった。
 ぬるりとした、おとこのからだの一部分。
 ひそやかに、ていねいに──…纏いついた鋭利な砂を、こそいでゆく──。

──…かたまりかけた血液と、それに濡れて重くなった砂とは──…そうして、とりのぞかれた。





 少女の、ちいさなちいさな足のゆび・・
──そこには、いま、沙緑さりょくの布がきつく巻かれ、止血を施されている。
 その布は、かつて──…男の優美な衣の裾であったもの・・──。いまは──破り取られて、おさない血を滲ませる。

「──…いたむか?」
「……いいえ、」

 抱き上げられて──…少女は、己の耳からずり落ちかけたしらゆり・・・・を、おおおとこの耳介の上に挿してやる。
──…うつくしい毒の花。
 犬には、とくに、毒だろう。
……もっとも、本性がひと・・である彼女の夫には、関係のない話だ。


(──それとも、どうだろう……)


 ほんとうに──いぬのすがたであるときは──…毒となりえるのだろうか。
──…この、屈強な異形の武人が。


(無力なしろい花なんか・・・に──…)

(──…負けて・・・しまうのかしらん。)


 少女は、面白がってくすくす笑う。





「──…すまない。」

「いいえ」

「──こわいか。」

「いいえ、」

「……おそろしかろう。」

「いいえ。」

「──…おぞましかろう。」


──少女は、ふふと笑った。





──たすけてほしいとねがったら、そのひとは、たすけてくれた。

──まもってほしいとねがったら、
──護ってくれた。

──彼女が、希ったとおりの方法・・・・・・・・・で。

──…おぞましい・・・・・方法で。
──彼女を、護ってくれた。

──この世にはびこる、にごったものから。


(……にがしてくれた、
 ──…にごった・・・・方法で。)


──…少女は、われた子どもだ。
……莫大な金銭によって、そのいびつ・・・な婚姻は、なされた。

 実態のない夫婦・・・・・・・
……それは、紙の上だけの──偽りの生活だ。





◆ ◆ ◆





──…父を看取った、施療院せりょういんであった。

 そのこども・・・と、はじめて、出逢った場所だ。





 かつて、まだ──…そのおとこが、青年だったころ。
 かつて──…まだ、そのむすめが、ほんのおさなごだったころ・・





──花のなまえを、こどもは、かれにおしえた。

 五月の、みずのゆり・・。──…ひつじぐさ。
 真水に浮かぶ、青や白の睡蓮たち──…それらのなまえを……。
 かれに、おしえた。

 さきみだれる、水花みずはなのあいまで。
──…かれは、みずのなかをえいするすべ・・を──…少女に、おしえた。

(──…あのとき。)

 そう。かれは、まだ・・──…真水みずのなかを、自然じねんにゆけた。
 ひとのことわり。その外にある──…あらゆる『悪 魔シャイタァン』を、からだに宿すこともなく。





 かれの父の死によって、ふたりは、離別した。
──…もはや、出逢うこともないかに思えた。


──…ゆえに。ふたたびの邂逅は、因果であった。





「──…ねえ、チャカさま。」





 娘は、良家りょうかの出であった。
 王族の病をいやす、医術師の長──『さじ』の地位を、長い長い歴史の中でほしいままにした家だ。
 それでも、その娘に自由はなかった。

 いえは、長年の政争のはてに──…困窮していた。

 もはや、まつりごとの舞台から、蹴り落とされる寸前までに。

──…一族が、生き延びるためには、

 金が必要だった。
──…強固な、うしろだてが。必要だった。





「──…ねぇ、チャカさま、」

「──わたくしを、ってくださいな。」





──…そのを。その血を。その家のくらいを──…。
 欲しいと、手をあげた男たちの中から──…もっとも、高い金額を提示した者に──彼女は、渡された。


──…たすけてほしいと、ねがわれて。


 ふたり・・・は、莫大な金銭によって結ばれた。



◆ ◆ ◆



 はてさて。

──…それはまた、かれらの、べつ・・のおはなし。




◆ ◆ ◆




──おとこの頬に、あかい粉がついていた。
……しらゆりの花粉。

 少女の、ほそい、乳酪にゅうらくいろのゆびにも。あかく、花のこな。

「──ふふ」

 少女は、おとこの頬に、おのれの頬を擦り寄せた。
 あかい花粉が、おとこの顔から少女の白膚ひふに転写され──…おそろい・・・・の化粧となる。

「──…チャカさま」
「…………。」
「お慕い申してございます、」
「…………。」

──…それは、
 なにも知らないこどものゆめ。
 なにも、しらない──…ゆえこそに、視てしまった・・・・・・まぼろしだ。

「──…。」

──…かれは、少女の声に応えない。

 いつのひか。
 そう・・──…教えてやらねばならぬと。
 教えて。──…野に放して・・・・・やらねばならぬと。

 知っているから──…。





 沈黙する、おとこの耳介。
 その上ざまに挿した──しろく、貞淑な──毒の花。
 そのゆりの一輪に、少女はちいさい鼻梁を寄せて。
──…しろい花の芳香を、やわこく吸った……。
 おとこのみみに、ないしょ話のように、くちびるを寄せる。

「──…かわいいひと。」

 少女は。──…ひそやかに、ささめいて。
 あたたかな吐息は、かれの耳介を濡らした。

──…くちづけのように。




 ─おとめばち─





fin.










あとがき→






【あとがき】

 4月26日のチャカ誕用に書いていましたが余裕で間に合わなかったやつです。
 構想自体は何年も前からしていたお話だったので、今回こうして形にできてよかったなあと思います。

 ふたりの過去やなれそめ、あるいは、婚礼については、いずれ中編かなにかとして形にできたらなあという気持ちです。



 ひふについた花粉を、すりつけあう動作が、描写が好きです。なんでかな…。受粉のメタファーだからでしょうか。生殖の暗喩のような気もしますが、もう少しライトで親密な意味のような気もします。(あいまい)



 タイトルの『少女蜂《おとめばち》』は 最後のシーンの花粉を擦りあうシーンから(みつばち)のような気もしますし──、
──抵抗しない巨きな獲物を、腹の中からゆっくり、生きながらに食い荒らしてゆく『寄生蜂』の幼虫みたくな意味もあるような気もします。



 やたらペルさんに失礼な回になってしまいました。守護神たち本人としてはそんなつもりも争うつもりもなくごく仲良し(仲良し)です。
 ただ、かれらの周囲は、未来の軍部の頂点をどちらかが担う──その事実のために、派閥などができてピリピリしているのかなあ。みたいな気持ちもあります。まつりごと…。



 でもちいさいこどもに揶揄われて赤面しちゃうペルさん、かわいいよね。(かわいい)という…

 ペルさんサイドでお花を同居人にプレゼントする掌編なども書けたらなあとは思っています。渡すと猫対応(…)される。



 お読みいただきありがとうございました。

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 また、pixiv版にブクマ・評価など頂けますと大変励みになります。
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