SSS『恋文、受取人無シ』
2015/05/23 00:00

もう、この辺境へ来て何日になるだろうか。
毎日電伝虫はしているが、おまえはそれなりに元気にしているようだな。

どうにも僻地での仕事が長引いて、予定を告げた日までに帰れそうにない。
おまえには済まないが、もうあとひと月は帰れないだろう。

おまえは今、何をしているのだろうか。
もう夜も遅い、眠っているのかも知れないな。
おまえは寂しがりだから、一人寝は辛かろう。

私はどうにも、こちらの狭い寝台に慣れない。どうやっても体ははみ出すし、木がぎしぎしとして今にも壊れやしないか不安だ。
家の寝台が恋しいよ。

そんなことを言ったら、きっとおまえは『わたくしよりもお布団が恋しくていらっしゃるのですか!』とかんかんだろうな。
帰ったらそう言って、揶揄ってやっても良いかも知れない。

私も少し疲れたようだ。
粗末な野営食も、そろそろ食い飽きた。
おまえの朝食が、随分前から恋しくてならないよ。

そう言えば、おまえは大喜びするだろうな。
その様子が、目に浮かぶ。


今日、兵士たちの治水の準備を見ていた時の話をしよう。

細い細い水路の脇に、誰が置き忘れたのかも知れぬ、白茶けた水瓶があった。
よく見たら、其処にな。

青い、睡蓮が咲いていた。

土台が土台だから、小さな花だった。
だが、良い香りがしたよ。
おまえの香りと、良く似ている。


私は人よりずっと鼻が利くから言うが、おまえは妙な香りを纏っているな。
陽だまりのような幼い子供の匂いと、睡蓮の香油を薄めた香水。
私は香水は好まないが、おまえのそれは、不思議と嫌味がなくて好きだ。
相反するような香りが混ざって、おまえを作っている。
ちっともちぐはぐにならないのが、私は不思議でならないよ。


ああ、どうしたものかな。
今、おまえの小さな体を抱えて、おまえの香りを胸いっぱいに吸いたい。
何だか無性に、おまえの顔を見たい。


ここは寂しい場所だ。
民家は遠く、細い水路と砂漠ばかりが延々と続いている。
そんな場所で数週間も野営すれば、まあ、こんな気分にもなってしまうのかも知れないな。



おまえに、会いたいよ。



こんなことは、口が裂けても言えんがな。


日記を書いていた積もりが、いつの間にやら、おまえへの手紙のようになっている。
どうせ、誰に見せる積りも無いが。


読み返してみたが、我ながら恐ろしく小っ恥ずかしいことを書いているな。
これではまるで、出来損ないの恋文だ。
相当疲れたようだ、今日はもう休もう。


明日もまた、おまえに電伝虫をするよ。

おやすみ。





(僻地より、愛しいおまえへ)





****

長引く出張で寂しいチャカさまでした。

チャカさまは筆まめな気がするので、色々なことを忘備録として書き残していそう。
眠たくて疲れた時に、筆の赴くまま書いていたら、こんなものが出来上がってしまったと苦笑するのではないでしょうか。

そんな、恋文の日のSSSでした。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -