酷い爆発音のようなものが鳴り響き、思わずなまえは身構えた。目の前にいる男は表情を変えることなくなまえを見据えていたままでいることから、この爆発音は彼が仕掛けたものだということがわかる。咄嗟に武器を取らなかった選択をしたことに、内心なまえは安堵した。

「目的は、なんですか」

 恐る恐る声を掛けてみれば、男は心底愉快そうに表情を歪めてから、なまえの顎を掴むように持ち上げた。指先が想像よりもずっと冷たくて、思わず体をびくりと震わせる。どうやらそれを恐怖だと感じ取った男は、ぎらぎらとした視線を絡ませてから口を開いた。

「そう易々と言うと思うか?」

 なまえが戦えないと仮定した上でも言うつもりが無いのなら、確かにそう簡単には教えてもらえなさそうだ。焦らず慎重に行くべきだろう。なまえは小さく息を吐き出した。
 すると、隣にいた赤いドレスを着た女性と目が合った。やはりその表情は恨めしそうになまえのことを見つめていて、まるで今すぐにでも殺してやりたいといったような表情をしている。何度も言うが、なまえには隣の女性との面識は無い筈だ。あの女性は一体何のためにこの男の指示に従っているのだろうかと、なまえは思った。
 時間で言えば二十分、いや十五分ほどだろうか、先程の爆発音ほどではないが、邸の中で大きな音が響き渡った。別の場所でも何かが起きたのだろうかと目の前の男を盗み見る。しかし、目の前の男も少々狼狽えたように音がした方に視線を向けた。

「おい」

 男が呼んだのはあの赤いドレスの女性であった。

「扉の外にいる奴を呼べ」

 女性は少しだけ眉を寄せたものの、言われた通りに扉の方へと向かい、ドアノブに手を掛ける。
 瞬間、見える景色が渦を巻くように歪んだ。

「なに……っ?!」

「頭がっ!」

 これは、マーモンの幻覚だろうか。敵の幻覚とぶつかり合っているのか、汚染が始まり頭の奥の方がズキズキと少しだけ痛む。男性の方はそうでもないが、女性は混乱したように頭を抱えた。
 恐らくXANXUSは、既に近くまで来ているのだろう。そう思い、なまえがぎゅっと拳を握った時であった。微かに感じる人の気配。そして目の前の男から伸ばされる腕。そのあと僅か一秒ほどの時間差で吹き飛んだ扉。なまえは咄嗟に、左手の琥珀に炎を宿した。

「ザンザスさん!」

 吹き飛んだ扉の奥に見えたのは、あのパイロープガーネットの瞳であった。目の前の男は顔を歪めながらなまえの腕を引き、人質を取るようにベレッタを宛てがう。気付いた時には既に幻覚は収まっており、なまえの目の前に広がったのは部屋の荒れ果てた姿だった。

「思ったより早かったな」

 XANXUSは何も答えなかった。男はなまえの首元に回した腕に力を込めながら、「だが少しだけ遅かったな」と言って、銃口をなまえのこめかみに強く押し付けた。

「本当にそう思うか?」

「なに……?」

 緊張が走る。優位なのは明らかに自分である筈だと男は思った。しかし、この嫌な空気は何だ。

「なまえ」

 気付いた時には、男は地面に転がっていた。一体なぜ? と頭の中で考える余裕すらない。頬に冷たい感触が伝わる。何が、何が起きたのだ。
 ハッしたように、男は自分の腕を見た。固まっているのだ。まるで石のように。驚いて振り上げるも、肩に伝わる重みで男は理解する。石のように固まっているのではなく、実際に石になってしまったのだと。

「ザンザスさんっ」

 なまえは男から遠ざかり、XANXUSの方へと走っていく。胸に飛び込むように駆け寄れば、XANXUSの腕が優しく彼女の腰に回された。
 男には理解が出来なかった。なぜ。あの女は戦えないのでは無かったのか。それともXANXUSが何かをしたのだろうか。
 そんな考えがぐるぐると男の頭の中を回る。するとなまえは男の方を振り向いて、僅かに表情を緩めたあと、「アンバー」と小さく呟くのが男の耳に聞こえた。
 瞬間、それまで意識していなかったところから、急に重い気配を感じた。男は恐る恐る気配の方へ視線を向ける。ちょうど影になっていてよく見えないが、獰猛さを宿した瞳が二つ、自分を射抜いていることに気がついた。

「匣兵器……っ!!」

 気がついた時には、既に遅かった。匣兵器である天空狼が一歩一歩、男に近付いていく。
 たった数分前までは自分が優位であった筈なのに。何故だ。何が、いけなかった。あの女が戦えたことを見誤ったのがいけなかったのか。男は己の中で沸いた怒りと、迫り来る恐怖で全身が震えそうであった。

「オレを殺したって待っているのは地獄だ!既にこの城は超精鋭の幻術使いたちによって逃げ道は塞がれている!」

 そう捲したてると、僅かになまえの表情が歪む。途端に男の中で膨れ上がっていた怒りが、ほんの少しだけ鎮まるような気がした。

「残念ながら、もうみんな今頃眠っているよ」

 しかしその言葉に答えたのは、男よりも遥かに幼さを含んだ声であった。男は何事かと辺りを見渡すが、それらしき人物は見えない。

「マーモン」

「ボス、向こうは全て片付いたよ」

 XANXUSのすぐ近く。じわじわと浮かび上がるようにその姿が現れてくる。フードを深く被っているため顔を見ることは出来ないが、その姿形はただの子供のようにしか見えない。

「なにを、デタラメを……!!」

「デタラメだと、思うかい?」

 男の視界が再び歪み始めた。この子供が、幻術を操っているというのか。いよいよ不味いと男は表情を歪める。先ほどの幻術の余韻がまだ残っている。追い討ちをかけるように襲う子供の幻術が、男の精神を少しずつ蝕んでいくのを感じた。
 男は声を荒らげて叫んだ。あっという間に現状をひっくり返されてしまったことが心底憎たらしかった。

「ボスに喧嘩を売った時点でそもそも君に勝ち目は無いんだよ」

 触れてしまえば一瞬で焦げてしまいそうなほどの炎が見える。そう思った次の瞬間には、男共々その部屋は焼け焦げた塵となって消えていた。



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