「美しくなったな」

 隣にいたディーノがぼそりと呟く。
 その言葉に沢田綱吉は彼の視線の先にいる人──自分の姉であるなまえに視線を移した。
 そうですね。と、答えるか迷って、言うのをやめた。なんだかそれがよそよそしく感じてしまったからだ。そうでしょう?の方がもしかしたら正しいのかもしれないが、どうにもそれも違っている気がする。

「……ツナ?」

 返事がないことを不思議に思ったディーノが、視線を合わせるように首を傾ける。目の前にいる次期十代目候補が自身の姉に向ける視線は、姉弟のそれでは無いように見えた。

「あの日からずっと離れてしまったような気がしてるんです」

 あの日とは、なまえがXANXUSの元へ行くと決めた日のことであろうか。それとも、リング争奪戦が始まった時のことであろうか。それよりもっと前の日のことを言っているのだろうか。ディーノには分からない。

「寂しいのか?」

 ディーノのその言葉に、綱吉は驚いたように目を見開いた。

「そう、なんですかね。オレこんな子供みたいなことをずっと思っているんです」

 自分の姉であるなまえの幸せな姿を見れることはとても嬉しい。相手があのXANXUSだったとしても、大事に思っていることを綱吉もちゃんと理解しているからだ。
 分かっている。なまえが自分達と過ごしてきた日々を大切にしてきたことくらい。しかしあの日、大空戦の日、XANXUSを守るようにしてチェルベッロの前に立ちはだかり、大空の炎をその拳に宿した時、今まで感じていたズレが、ぴったりと収まったような気がしたのだ。本来あるべき姿になったのだと、不思議とそう思ったのだ。

「……もう後ろから見ていなくたっていいんじゃねぇか?」

「え?」

「お前もボスになる。XANXUSだからって縮こまらずに、二人のことを引っ張ってやるぞって大きく気持ちを持っていた方がファミリーも安心出来ると思うぜ」

 自慢の姉を幸せにしてやるためによ。
 その言葉が何故だか綱吉の中にすっと入り込んだ。いつもであれば、縮こまらずにだなんて言われても「そんなのは無理だ」なんて言っていることだろう。
 あの日は認めていなかったけれど、綱吉だってもう一般人ではないのだ。XANXUSやその世界に踏み込んだ姉と同じ、マフィアの世界。そして彼はヴァリアーも所属しているボンゴレのボスになるのだから。
 もうXANXUSを追う姉を、後ろから見ているただの子供ではない。

「そうですよね」

 先程よりも力強い眼差しになったことに、一先ずディーノは胸を撫で下ろした。まだ就任していないとはいえ、綱吉は既にボンゴレ十代目ボスになることが殆ど決まっている。ファミリーを守るための術や、ボスになるための心構え。まだまだ未熟な弟分を近くで見守ってやろうと、ディーノはこっそり思っていたのだ。
 それに……心配しなくとも、姉はお前のことをいつも想っているだろうよ。
 その言葉は自分が言うことでは無いだろうから、本人に告げることはしないが。

「あとで挨拶しにいくか」

「そうですね」

「ったく、暴れ出すかと思ったぜ」

 赤いドレスを着た女性がXANXUSの目の前に現れた時は冷や冷やとしたが、流石にこの場で暴れるようなことはしなかったようだ。恐らく隣になまえがいるからだろうが。
 あのXANXUSがここまで変わるとは、だなんて口が裂けても言えないが、怒りを燃やし続けていた男が、沢田なまえという一人の女のために考え、そして動いている。深い仲ではないとはいえ、クーデターのことやリング争奪戦を知る者であれば、驚くであろう。それほどまでに、あの男はなまえを愛しているのだ。

「羨ましくなっちまうな」

「えっ、何ですか急に」

「いいや。誰かを愛する力って偉大なんだなって」

 その言葉が二人のことを指していることくらい綱吉には簡単に理解することが出来た。
 繋がれているのは指先だけであるが、きっとあの二人ならばそれだけでも十分なのだろう。互いが互いを想いあい、二人の心は繋がっている。そして、その幸せを守るのは自分の役目でもあるのだと。
 恐らく今日のパーティは何かが起こる。ヴァリアー一行が参加をしていることもあるが、綱吉にある超直感がそう言っている気がするのだ。



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