「あれが噂の」
誰かがそう呟いた気がした。
煌びやかなホールには先程とは打って変わって、沢山の人で溢れ返っている。
知らぬファミリーに視線を向ける者、シャンパンが注がれたグラスを傾けて談笑をする者、並ぶ料理に手を伸ばす者、端からホール内を眺めている者まで。
しかしその中でもヴァリアー一行は一際周りの視線を集めていた。黒いスーツの集団の中、眩しいホール内に負けず劣らず美しい女性は今回集められた者達の中でも噂になっている、なまえであった。
「次期十代目ボスの姉でもあるらしい」
「おいそれって」
そんな会話と共になまえとXANXUSを交互に見遣るのが遠くからでも彼等なら分かる。なまえは内心ハラハラとしながら隣にいる男の機嫌を伺うが、別段気にした様子も無く、噂をしていた者達に視線すら向けていないことに少しだけ安堵した。
「すぐには動かないだろうが、各自持ち場について張っておけよ」
スクアーロのその言葉にルッスーリア以外の者達がその場から離れていく。XANXUSが隣にいるので心配は無いだろうが、彼は接近戦が得意なこともあり、何かが起きた時のためにも二人の近くにいるべきだと踏んだのだ。
各自が散らばり暫く経った頃、XANXUSに臆することなく挨拶をしてくる愚かな者達が数名、二人の元を訪れる。
自分の力を盲信し、力量の差さえ分からぬ者が殆どであり、XANXUSからしてみればそんな者に一々挨拶をすることですら億劫であるのだが、隣にはなまえがいる。別に取り繕う必要もないが、今回のことを随分前から気にかけていたようなので、一先ず面倒事を残さないよう適当にあしらうかと、彼なりになまえのことを気遣うつもりでいた。
しかしその気持ちを全て覆したくなるような出来事がXANXUSを襲う。
挨拶をしに来たファミリーのボスともに現れた、赤いドレスを着た艶やかな女性。その者の態度がよく無かった。なまえはもう既に婚約者では無く、XANXUSの妻なのだ。それを無視するかのような振る舞い、発言、全てが彼の怒りを煽っていく。
「げ。アイツらマジ?馬鹿じゃね??」
少し離れた持ち場からその光景を見ていたベルも顔を顰めている。
XANXUSのことを近くで見ている者なら誰しもなまえを大切に想っていることくらい知っている。特にベルは、ルッスーリアと同じくらいなまえと共に過ごしてきた時間も多い。それなりに彼女のことは好いていて、二人が幸せでいることを願っている一人であった。
「クソ……めんどくせぇことしやがって」
スクアーロもその光景に目を覆いたくなった。しかし、もしかしたらこれもその内の一つかも知れないという考えが頭に浮かぶと、冷静にベルの元へと近付き指示を出す。
暴れないでくれよ、と、期待を込めて二人の方を振り向いたが、どうやら最悪の自体にはなっていないようだった。
「もういい失せろ」
これがXANXUSの精一杯抑えた答えだった。
隣にいるなまえに視線を向ける。無意識なのか、左手の指に嵌められている昔渡した琥珀色の指輪を反対の手で撫でている。不安と緊張の表れだろう。
これ以上愚か者に付き合っている暇は無いと、XANXUSはなまえの腰に手を回し、目の前にいる者達を睨みつけた。
「……そんな」
「あ?」
艶やかな女性が小さな声で呟く。続きの言葉を言わせるつもりは無いXANXUSは、重ねるように言葉を発した。隣にいるなまえからはその視線の鋭さは分からなかったが、一瞬で目の前にいる男女の顔が青ざめたことで、その恐ろしさを察した。
視線に耐えられなくなった男女は逃げるようにその場を去っていく。このままXANXUSも踵を返してさっさと帰りたい所だったが、それが出来ないことに更に苛立ちが募り、思わず小さく舌打ちをする。
瞬間、XANXUSの小指が握られ、腕の中にいるなまえに意識を向ける。真っ直ぐ前を向いたままの彼女とは視線が絡むことは無かったが、強くも弱くもない力で握られた小指から、彼女の思いが伝わってきたような気がした。