XANXUSは目の前にいる自分の女の姿をまじまじと見た。
 Aラインの黒いイブニングドレス。浅いオフショルダーだが胸元は緩やかなVネックとなっているため、肩と胸元のラインがとても美しく見える。生地には夜空を纏ったように沢山の星が散りばめられていて、動く度に光を反射してきらきらと輝いており、下に降りれば降りるほど煌めく星は多くなっていく。
 式の時とはまた違った雰囲気のドレスにXANXUSは内心満足気であった。表情には全く出ていないので、傍から見ればなまえのことをじっと見つめているだけに見えるであろう。なまえやルッスーリア以外には。

「お気に召したようね」

「良かった」

 XANXUSから少し離れた場所で二人はほっと息をつく。パーティーの時間まではあと1時間ほどあるので、ルッスーリアはなまえをXANXUSに任せ、スクアーロの手伝いでもするかと部屋を後にした。

「スクアーロの方に行ってくるわね」

「うん、お願いね」

「では私も一度出ます。何かあれば呼んでください」

「はい。ありがとうございます」

 ルッスーリアと共にメイクアップアーティストも部屋から退出し、扉がしまると、なまえはXANXUSを盗み見た。こちらもまた式の時とは違って黒いスーツ姿である。普段は隊服なのであまり見ることが出来ないが、なまえはXANXUSのスーツ姿が好きであった。
 XANXUSと婚約をしてからなまえはヴァリアー隊員を抜けた。とは言っても彼の計らいで隊員の頃から殆ど任務に参加することも無く、どうしても人手が足りない時や、幹部が同席してる場合のみ彼女は任務に参加していた。それに会合やパーティーなどは彼自身が好まないのもあって、スーツ姿を見るのはとても稀なことであった。
 久しぶりに見た彼の姿になまえは頬に熱が集まるのを感じた。ふと、以前ルッスーリアに言われた言葉を思い出す。結婚して夫婦となっていながら、まるで恋人同士のような反応をしている自分に少々気恥ずかしさはあれど、集まる熱を止める術など彼女は知らない。頬に手を当て何とか見せまいとするのが精一杯であった。

「何だ」

 その視線に気付かぬほど、XANXUSは甘い男ではない。大方理由には検討がつくので、彼は楽しそうに笑みを浮かべながらなまえに近付き、頬に当てる手の上から己の掌を重ねた。

「えっと、その……」

 珍しく口篭るなまえに段々と面白くなってきたXANXUSは珍しく甘い言葉がすらすらと出てきた。

「似合っている」

「え……」

 反対の頬に口付けを落として、鼻の先が付きそうなほど至近距離で見つめれば、先程よりもなまえの頬は赤く染まっていく。あのメイクアップアーティストのお陰か、今日の彼女は一段と美しく、頬の一番高いところには煌めく艶に、瞼にはたくさんの幸せの色を詰め込んだアイシャドウ、小さく可愛らしい唇にはXANXUSの瞳とよく似た赤いリップが塗られており、まるで彼の色に染まったような姿であった。
 目と目と合わせることが出来ずに俯くなまえの睫毛の先は、恥ずかしさからか少しだけ揺れているような気がする。薄らと影を作るそれが妙にXANXUSの心を擽って、思わず彼女の唇を奪いたくなる衝動に駆られた。

「あ、あの、ザンザスさん」

 言葉を掛けられたことでXANXUSは我に返る。ただならぬ雰囲気になまえも何かを感じ取ったらしく、頬を上気させて目の前の男を見上げた。

「キスは、まだだめ……」

「ああ?」

「口紅が落ちちゃう」

 舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、少しだけ距離を取ればなまえの髪にたくさんのキスを降らせた。落としている瞬間、ふと彼女のヘアスタイルから何かに気づくと、少し前に自分が付けた首元の跡を探した。

「ひゃ、なに……」

「残っていたか」

「え、じゃああれって」

 その瞬間浮かべたXANXUSの表情になまえは全てを理解した。メイクアップアーティストに見られたしまったことを正直に話すと、彼は堪えきれぬように笑い声を漏らす。

「恥ずかしかったんですから……」

「それはすまねぇな」

「思っていないでしょう」

 もう。と、不貞腐れたような声を上げながらもなまえはこの穏やかな空気に安堵した。もしかしたら、今日の彼は少しだけ荒れるかもしれないと心配だったからである。
 周りから言わせてもらえば、どんな状況であろうとこんな穏やかなXANXUSは見たことも無ければ、想像もしたことが無いので、きっと見た者は驚くであろう。それこそ彼自身だってこんな状況が自分にも訪れるなんて思いもしなかったのだ。軽口を混じえながら誰かと二人で笑い合う瞬間がくるなんて。

 XANXUSの手がなまえの腰に回ったかと思えば、彼はゆっくりとソファまでエスコートした。約束の時間まではまだ少しある。ルッスーリアが呼びに来るまで二人は寄り添いながら夜を過ごした。



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