大きなホールに煌びやかな内装、天井からぶら下がるシャンデリアはまるで宙からきらきらと光が舞い落ちてきそうなほど美しく輝いている。その景色になまえは思わず息を吐きながら見惚れていると、隣から肘で小突きながらベルが呟いた。
「お前そっから階段だぜ?」
「えっ?!」
驚き下を見てみれば彼の言った通り、数歩先から階段が始まっていて、危うく始まる前から怪我をするところであったと胸を撫で下ろす。
「ありがとう、ベル」
「落っこちてもそれはそれで面白いけどな、しし」
落ちた姿を想像して笑ってはいるが、彼が本当にそうしなかったのは、なまえが一応今日の主役の一人であるからであろう。パーティーが始まるまではあと数時間もあるが、なまえの準備や今回の会場の護衛も担うことになっているヴァリアー一行はXANXUSを抜いて一足先に会場へと訪れていた。
「こんなところ、あったんだね」
「普段はその辺の金持ち達が色々と使ってるらしいぜ」
「つまり、事前に会場内に仕掛けられることも出来るって訳だぁ"」
成程。と、ベルやスクアーロ達が渋々ながらもこんな早くに会場に来た理由をなまえは漸く理解することが出来た。
「じゃ、あたし達は準備してくるから」
「う"ぉ"おい!お前は関係ねぇだろ!ルッスーリア!!」
「やぁねえ、まだ決まってないものもあるんだから」
ね。と、なまえの両肩を掴みながら言うルッスーリアに、スクアーロは呆れたように額に掌を当てる。
「この会場内全部を見回らなきゃならねぇんだぞ……」
「スクなら大丈夫よ、それじゃあね」
憂鬱そうなスクアーロ達を他所に、ルッスーリアはそそくさとなまえの肩を押して部屋へと向かってしまう。
「じゃ、オレもあっちに」
「お前はこっちだぁ"!」
「ケチ」
ケチじゃねぇ!!とベルに叫ぶスクアーロを背に二人はホールを出て部屋へと向かった。
「いいのかな?」
「貴女は準備のことだけ考えて、あっちは任せておけばいいのよ」
ルッスーリアに連れられたどり着いた部屋は、先程のホールとは打って変わってとても落ち着いた色合いの部屋であった。大きなドレッサーの隣にはルッスーリアが悩みに悩んで決めたドレスが掛けられており、更にその隣のテーブルにはアクセサリーや靴が幾つも並んでいる。
扉をノックする音が聞こえたので、なまえが返事をする。ゆっくりと扉を開き、恭しくお辞儀をしたのは挙式の時でもお世話になったメイクアップアーティストであった。
「なまえ様、ご無沙汰しております」
「お久しぶりです。今日もよろしくお願いします」
信頼出来る人だから。と、ルッスーリアが紹介したそのメイクアップアーティストは、なまえが気負い過ぎないように年頃も近く、同じ女性の繊細な感性を持つ人であった。彼女の腕は式の時にもう確認済みであるので、なまえも彼女ならばと安心して任せることも出来る。
「じゃあ、着替えたら呼んで」
ルッスーリアが退室してから、なまえはゆっくりと着ていた服を脱いでいく。同じ女性から見てもなまえの体は美しく、しなやかであると、メイクアップアーティストは密かに思った。ただ細い訳では無く、しっかりと引き締まっていながらも女性らしさも忘れていない曲線が美しい。
「なまえ様」
ドレスに腕を通す瞬間、メイクアップアーティストが声を掛けたので、なまえは後ろを振り返る。
「はい」
「あの、大変申し上げにくいのですが……」
迷いながらも手鏡を差し出すメイクアップアーティストからなまえは素直に受け取って手鏡を覗き込む。なまえの手鏡に写り込むように反対側からも彼女が鏡を動かせば、うなじの部分に見えたのは赤い印。
その印が何か分かると、なまえは彼女と同じように視線を彷徨わせ、とても言いづらそうに小さい声で呟いた。
「あ、あの、これが隠れるように髪、やってもらってもいいですか……?」
「勿論です。すみません、言うか迷ったのですが知らずにいるのは後々嫌な思いをされるかと……」
「教えてくださってありがとうございます。お見苦しい姿を見せてしまい、こちらこそすみません」
「いえ。旦那様と順調のようで何よりです」
その言葉になまえは耳まで赤くして俯いた。そこにXANXUSからの印があることは、なまえのうなじを見せない為の計算内のことなのだが、彼女達がそれに気付くことは無いだろう。
「やっぱりそれにして良かったわね」
部屋に戻ってきたルッスーリアが言う。彼には先程の印のことは内緒にしておこうと、こっそり二人で約束したので、先程までの動揺を取り払うように咳払いを一つすると、なまえは大きな鏡の前でくるりと回ってみせた。
「ちょっとラインが出過ぎている気もするけれど」
「良いのよ、これくらいで。さあ、靴も決めなくちゃいけないし、メイクもヘアセットもしなくちゃいけないんだから長いわよ」
ドレッサー前の椅子に座らせ、ルッスーリアは意気込むように腕捲りをすると、テーブルにあるアクセサリーを一つ一つ手に取ってなまえの顔まで持っていき、似合うものを探していく。
同時にメイクアップアーティストはブラシを動かしていき、なまえの顔に色を足していった。煌びやかなホールに負けないようにパールやラメを乗せて、けれど決して上品さは忘れずに。そしてパイロープガーネットの瞳を持つ男の隣に相応しい、落ち着いた赤色の口紅を少しだけ薄い唇に乗せれば、そこには世界一美しい女性が完成する。
「さあ、目を開けて amore.」