ここ一年でなまえは更に美しくなったと周りの人間は皆思っているだろう。それはきっとXANXUSのお陰だ。恋をする乙女は桃のように甘い香りを漂わせ、周りを惑わせた。彼女は瑞々しくて甘い。きっと食べたら果汁が滴り落ちる程であろう。
なまえはルッスーリアと共にドルチェを食べようと街まで降りてきていた。夏もほど近い今日は気温も高く、なまえは白菫色のワンピースを着ていた。裾からすらりとした足が伸び、低すぎずも高すぎずも無い、6センチのヒールを履いて石畳を歩く。こつりとヒールを鳴らすと周りの男性は振り返り、なまえを目で追った。
「最近、どうなの?」
「どう、とは?」
「んもう!ボスと上手くいっているのかって話よ」
隣を歩くルッスーリアはぷりぷりとしながらなまえをエスコートしていく。XANXUSが居ない時、なまえを守るのは彼の役目であった。
暫く石畳を歩いていくと左手にお目当ての店が見えた。最近暑くなってきたからジェラテリアに行こうと昨日決めた店である。ジェラートが食べたい時は必ずここを訪れていた。
「うーん、ピスタチオは絶対食べたいし、でも暑くなってきたからさっぱりしたものも良いよね」
「レモンチェッロなんてどう?」
「チェリーも良さそう」
どうやらなまえはピスタチオとレモンチェッロに決めたらしい。だが、店員から手渡されたのはピスタチオにレモンチェッロ、そして迷っていたチェリーも付いていた。
「あれ?」
手元を見てから、なまえが再び顔を上げるとそこにはウィンクをした男性店員。どうやら彼も彼女の色香に惑わされてしまったようだ。
「罪な女ね」
ルッスーリアはなまえの横で肩を竦ませ、テラス席へと向かう。
日差しは少々強いが、吹き抜ける風はどこかまだ春を忘れられないようで、日陰に居ればそれ程暑くは無かった。なまえはチェリー味を口に入れると目尻を下げて、顔を綻ばせた。
「美味しい!」
「やっぱり此処が一番ね」
甘すぎずフレッシュなチェリーの香りは、何処か今日の天気と似ているような気がした。
「で?ボスとはどうなの。順調?」
「別に前と何も変わらないわよ」
「嘘つきね。最近貴女、恋する乙女みたいな顔をしているの、気づいていないの?」
ルッスーリアの言葉になまえは少しだけ目を見開いて、自分の頬に掌を当てた。
「え、本当に?」
「あらやだ無自覚なの?重症ねぇ」
なまえは一緒に頼んだアイスティーを急いで口に運んだ。
「そんなに分かりやすい?」
「貴女にしては珍しくね」
なまえは黙りこくって少しだけ顔を赤らめた。確かに交際期間も無くそのまま籍を入れた為か、今のなまえは恋する乙女と呼ぶべき心情であると言えよう。そして先日XANXUSに体を許してから拍車はかかり、少しだけ浮かれていたかも知れないと、なまえは思った。それまで過ごしてきた日々も勿論幸せであったが、今は一つ一つのことに前よりも心を動かされる気がしていたのだ。
「そういえば、そろそろ準備しなくちゃいけないわね」
ルッスーリアは思い出したように呟いた。一ヶ月後にボンゴレ主催のパーティーがあるのだ。主催がボンゴレなだけあってその規模はマフィア界最大級と言えよう。そこでXANXUSの妻としてなまえも出席することになっている。名前こそ違うが実質XANXUSの妻としての披露目会のようなものだ。
「張り切ってなまえのドレスを選ばなくちゃね」
「何でもいいわよ」
「そんなこと言っちゃ駄目よ。貴女のお披露目の日でもあるんだから」
その言葉に先程まで見えなかった黒い靄がなまえを包んだ。俯いた睫毛の先からはネイビーの雫が零れそうに見えた。
正直なまえは少しだけこの社交界が不安であった。XANXUSはこういうものを好いてはいない。今までも何かと理由を付けて欠席し続けていたと、ルッスーリアやスクアーロから聞いていたのだ。
「何も起きなければいいけれど……」
少しだけ憂鬱そうななまえを見て、ルッスーリアは眉を下げた。不安に思っているのはXANXUSのことだけでは無い。他ファミリーの不穏な噂を耳にしているのだ。勿論今回の社交界にもそのファミリーは出席予定である。
「大丈夫よ。当日は皆いるんだから」
「うん……そうよね」
XANXUSの方はなまえに任せておけば大丈夫であろう。後の他ファミリーの方は自分達が防げばいいだけの話である。ルッスーリアは心の中で彼女と自分のボスを守るためにひっそりと決意した。