夢は夜に見る

「良いけど……、分かってるっしょ?」

 わたしがベルに想いを伝えた時に言われた言葉だ。
 意味は勿論解っていた。わたしはそれを重々承知の上で彼に恋心を打ち明けたのだから。

 愚かだとは思っている。わたしの気持ちを受け入れてくれたとしてもこの関係の名前は有って無いようなもの。わたしは彼を縛り付けることは出来ない。最早しようとも思っていない。それが彼だとずっと思ってきた、そして自分の気持ちに気付いてからは言い聞かせてきた。

 彼とわたしは元から仲は良かったと思う。仕事上彼は上司に当たる人だけれど、年齢も近かったわたし達は上司と部下という関係でありながら友人としても関係を続けてきた。
 時には彼の恋愛の話も聞いてきた。最初は何とも思っていなかった恋愛相談に、少しずつ嫌悪を抱く様になってきた自分に初めてベルへの想いに気付いた。正直気付かないままで居たかったと何度も思った。
 彼は自分の楽しいと思う事に貪欲で、殺しも彼にとってはその内の中の一つに過ぎない。過去、双子の兄を殺した快感を忘れられずに彼はヴァリアーに来た。彼は自由奔放で、そして快感に従順だった。
 そんな彼が女性関係が派手な事は、当然っちゃ当然なのかもしれない。毎日遊び歩いている訳では無い様だが彼にとって女性と付き合うということは自分の快感を得られる方法の一つとしか思っていないのだろう。彼から受けた恋愛相談はいつも別れた女性の話であった。面白く無くなったら殺す。そんな事も日常茶飯事で、別れたというより居なくなったのが正しい時も多々あった。
 なんでそんな彼を好きになったのかと問われれば、幾つも理由を答えられる訳では無いのだが、彼はなんだかんだいつもわたしには優しかった。それを特別だと思っていた時期もあったけれど、恋心をというものは貪欲なものでそれに満足出来なくなってしまったのだ。
 我慢ならなくなったわたしは秋霖が降り注ぐ静かな夜に想いを告げた。
 彼はわたしの気持ちに気付いていなかった様で、少々驚いた様子を見せ戸惑っていたが冒頭の台詞をわたしに告げたのである。

 想いを告げてから二ヶ月。悪い意味で、あの日からこれといって変わったことは無かった。以前からショッピングには行っていたし、食事だって行っていた。相変わらずベルは他の女性とも会っている様で、わたしの所に夜訪れることは一度も無かった。
 わたしは意を決してスクアーロをバールに誘い相談する事にした。元から彼はわたしのベルへの気持ちに気付いていた様で何度か話をした事もあった。

「それで?告白したのに手を繋ぐことも愚か、付き合う前と何ら変わらない事が不服だと。欲求不満か?」

「もう!心配だって言ってるのよ!……確かに、触れ合いたいって思う事もあるけれど……」

「何でお前らのしょうもない恋愛ごっこの話なんて聞かなきゃならねえんだ」

「わたしだってこんな恥ずかしい話したくないわよ……。はあ……あんなに勇気を出して伝えたのにこの先どんな顔していればいいの」

「お前からあいつの部屋に乗り込めばいいだろ、夜這いだ夜這い」

「……面白がってるでしょう?」

「そりゃあな」

 じろりとスクアーロを睨み付けたが彼は何とも思っていない様だった。アドバイスは適当だけれど、なんだかんだスクアーロはその晩わたしの独り言みたいな相談を聞き続けてくれた。誰にも打ち明けられなかった不安を吐き出したからかわたしはお酒を飲むペースが普段より早く、帰る頃には酔い潰れてしまった。

「ふざけんな!何でお前を担いで帰らなきゃならねえんだ!」

「もう無理……歩けない死ぬ……」

「だったら此処で死ねぇ!」

「今度何でも言うこと聞くから……お願いしますスクアーロ作戦隊長様」

「ちっ。それ何回目だと思ってんだ……お前もう本当酒やめろ!!」

 結局優しいスクアーロはわたしをヴァリアー邸まで連れて帰り、部屋の前に置いていってくれた。彼の言う通り何度かお世話になっていて、その度に部屋の前まで運んでもらっている。酔い潰れることは普段そこまでないが、こうしてストレスが溜まったり話を聞いて貰っている時はこうなるのが常だった。
 暫く扉にもたれかかったまま動けなかったが、漸く意識がはっきりしてくると部屋に入りミネラルウォーターを飲んだ。暫くソファで休みやっと動けるようになるとシャワーを浴びる。どんなに酔い潰れて帰ってきても必ずシャワーを浴びてからじゃないとベッドには入りたくなかった。いくら動ける様になってきたとはいえ、服を着ることも幾つもスキンケア類を顔に塗りたくる作業も煩わしく感じ、顔にパックを貼り付けキャミソールとショーツ姿で寝室へと入った。扉を開けた瞬間予想もしていなかった光景に吃驚した。

「え…………?え?ベル何で……」

「すげー格好」

「?!?!」

「つうか入った時点で気配に気付かないなんてやべーんじゃねえの?オレ全く隠してたつもりないけど」

「………パック取ってくる」

 帰ってきたら寝室にベルがいた。これは夢か?お酒だけじゃなくて何か危ないものでも知らずに飲んでいたのか?慌てて洗面所へと戻りパックを投げ捨て、服を着る。まさかこんな所を見られるとは……初めて見られる時は可愛い下着姿が良かった。
 寝室に戻ってもう一度しっかり彼を見てみると、彼は我が物顔でベッドへと潜り込み堂々と真ん中を陣取っていた。

「おかえり」

「た、ただいま」

「寝るんだろ?こっち来いよ」

「……うん」

 いそいそとベッドに潜り込むと彼はわたしの腕を掴んで抱き寄せた。突然の事に動揺して全く頭がついていかないわたしは全身が硬直し、無意識に呼吸も止めていた。

「ししし、生娘かって」

「……は、……ねえちょっとベル、突然何?どういう風の吹き回し……」

「恋人と一緒に寝ようと思っただけなんだけど、いけない訳?つうか何処行ってたの?」

「……スクアーロとバールに……」

「ふうん」

 ベルはそのまま黙り込みわたしを再度抱き締めた。わたしは未だこの現状を信じ切れないでいた。まるでさっきのわたしの悩みを聞いていたかの様なタイミングだ。やっぱりわたしの都合のいい夢?

「夢じゃねえよ」

「は……?」

「顔に書いてある」

 このままわたしの心は全て彼に読み取られてしまうのでは無いかと心配になり、慌てて顔を背けた。そのまま大人しくしていると彼の心音に意識が向いた。それが耳元で響くと彼が此処に居るのが夢でないと漸く実感出来た。規則正しい彼の心音は段々とわたしに眠気を誘う。元々お酒が入っていたわたしは簡単に眠りに落ちそうになったが、朝になったら彼が隣に居ない様な気がして、決して離さぬよう彼の服を握り締めた。

「何処にも行かねえよ」

「朝になっても?」

「ああ」

 その言葉に安心してわたしはゆっくりと眠りに落ちた。
 落ちていく途中、優しい声で「Buona notte tesoro. 」と囁かれた気がした。




 おやすみ、オレの宝物


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