青い星
まばたきをひとつすれば、なまえの目尻からきらりと、星がひとつ零れた。しかしその星は希望や未来への期待などではなく、絶望や過去への未練などが詰まった、悲しい悲しい星であった。外は、まるで彼女の心を写すように雨が降っていた。
「なに? また泣いてんの?」
その星を掬いとるように、ひとりの男が彼女の目元を親指でなぞった。柔らかい声音に、曲線を描いた口元。なぞった指は白く、それでいてとても滑らかな肌である。彼の名はベルフェゴール。その名の通り、彼女にとっては悪魔のような男であった。しかしその出で立ちはまるで王子様のようで、きらきらと瞬く姿は星にも負けないほどである。
「ベルには、関係ない」
なまえは彼の手から逃れるように顔を背けた。しかしベルフェゴールは三日月のように口元を緩ませてさらに深い笑みを浮かべると、怪しげな笑い声を零して、ぐっと視線を合わせるように彼女の顎を掴んだ。
「なあ、そろそろ観念しろって」
「なに、を、」
「もうあいつはいないんだよ」
くしゃりと、まるで音が聞こえてきそうなほどになまえは顔を歪ませた。一方ベルフェゴールは彼女の顔が歪めば歪むほど、心底愉快そうに真っ白な歯を見せつける。彼女の目尻からまたひとつ、星が零れた。
「あいつの最期、お前にも見せたかったな」
「……」
「うししっ、いい顔」
「さい、てい……」
「最低なのはお前の男の趣味じゃね?」
ベルフェゴールはなまえの手をいとも簡単に捉えると、あっという間に身動きがとれないように押さえつけた。彼女はそれでも屈する態度を見せず、キッと強く睨み付ける。しかしその態度は、彼には全く効いていない様子であった。
「めげないね」
鼻の先がぶつかってしまいそうなほど、二人の距離が近付いた。なまえは微かに抵抗を見せるが、彼女を掴んだ手が緩むことはなく、びくともしない。
「舌噛むなよ」
「っ、」
ベルフェゴールは少しだけ首を傾けて、ぴったりと隙間がないようになまえの唇に自らの唇を重ねた。そうしてぬるりと彼女の中を侵略していくように、静かに水音が響く。彼女は、言われた通りに舌を噛むことはしなかった。
「しし、いーこ」
そうして自らの胸に抱き寄せる手も、なまえは拒むことをしなかった。彼女にとって、その悪魔のような男もだいすきであった王子様のひとりに違いないからだ。
ベルフェゴールの手が、彼女の髪をゆっくりと梳く。その手はうんと優しいように見えた。
雨はまだ止む気配はない。
(花言葉企画 悲しんでるあなたを愛する/竜胆)