変わり始めた空の色



 金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
 一つ、二つ、更にもう一つ。
 真白であった景色には、所々に赤い花が咲き誇っていた。互いの容赦ない攻撃に血を流し、狂い踊るかのように攻め続けるベルフェゴールと、舞うようにサーベルを薙ぎ払うれん。その壮絶さに、この戦いを見ていた他のヴァリアー隊員は思わず息を呑んだ。







 早朝に目が覚めてから暫くして、外へ出た二人は、ある程度距離を保ってからどちらからともなく動き出した。
 一人は真っ直ぐと前に進み、もう一人はすかさず腰にあるサーベルを抜き取り、降り積もる雪を巻き上げる。そうして始まった一年に一度の戦いは、随分と拮抗しており、かれこれ数時間は経っている。とはいえここ数年は長期戦になるのは殆ど確実であった。それほどまでに二人の実力はほぼ互角だったというわけだ。
 勿論それほど長期戦になれば互いに無傷ではいられない。故に初めて戦った時にれんが恐れていた“ベルフェゴールが血を流すこと”を、ここ数年は許してしまっている。それでも何とか彼を押さえ付けることに成功し、毎年ぎりぎりの戦いを潜り抜けてきたが、今年はどうやらそう簡単にいかないようだ。

「うししっ!」

「くっ!」

 血を流しながら戦い続けるベルフェゴールは圧倒的に強かった。攻撃を仕掛ける隙もなく、容赦ない攻撃がれんを襲う。受け身を取り、薙ぎ払うことで手一杯になってしまうほど、彼は強く成長していた。
 一つ、二つ、三つと、再びれんに傷が増えていく。大きな傷は無いが、その体にはナイフとワイヤーで出来た小さい無数の傷が刻まれていた。動かせば当然痛むだろうし、相手の勢いはとどまることを知らず、我を忘れて敵を倒すことだけに集中している。誰しもが、ベルフェゴールの勝利を悟った。
 しかしれんは諦めてなどいなかった。彼を近くで見てきて得た癖や特徴を、一番理解し、熟知しているのは彼女なのだ。一瞬一瞬を逃さずに、彼の癖から生まれた隙に渾身の攻撃を放つ。刹那、戦いを見ていた者はれんにもまだ勝利への兆しがあると感じただろう。しかし、癖や特徴を理解していたのは何も彼女だけでは無かった。

「なに?!」

「おーわりっ!」

 ぐしゃりと、鈍い音がした。
 その瞬間、他のヴァリアー隊員と共に戦いを見ていたスクアーロが思わず声を漏らす。

「あの野郎……マジでやりやがった」

 すかさず窓から飛び降りて二人の元へ駆け出す。
 熟知していたのはれんだけでなく、ベルフェゴールもそうであったのだ。彼女は確実に自分の隙を見て最後の攻撃を放つと、最初から分かりきっていて隙を見せ、ナイフを振りかぶった。
 しかし血を流して我を忘れかけていた彼は、寸のところで止められずに、そのままナイフをれんの横腹に刺したのだ。致命傷にはならないだろうが、刺された部分からはじわりと血が滲み始めている。駆け寄ったスクアーロはベルフェゴールの腕を掴んだ。

「う"ぉ"ぉい!ベル!そこまでだ!」

 声を掛けられたことで彼は漸く我に返ったらしく、ナイフを掴む手が緩んだ。目の前の光景に思わず息を呑んだように見えたが、手にしていたナイフを掴み落とすと、名前を呼びながら駆け寄った。

「れんっ!」

「大丈夫よ、大したことはないわ」

 そうは言っても隊服には血が広がり始めている。言い難い感情を殺し、奥歯を噛み締めてから膝を着くと、彼は優しくれんを抱き上げた。

「えっ、ちょっと、ベル……っ」

「ちょっと黙ってろ」

 冷たく返されたことで、思わずれんは口を噤んだ。彼は今、何を思っているのだろう。正直なところ、れんはそこまで悔しい気持ちではなかった。何故なら、こうなることを望んでいたからだ。
 ベルフェゴールはいつか必ず自分を越す時がくる。諦めているわけでは無かったが、初めから彼の才能はずば抜けていたのだ。この戦いを提案した時にこうなる結果も予測していたし、最悪命を落としてしまうことも考えた。
 振り返ってみれば初めの頃はあんなに小さかった筈が、今では軽々とれんを抱き上げている。傷付いているのは何も彼女だけではないと言うのに。
 ゆらゆらと揺られながら、れんは8年間のことを思い出して、少しだけ目頭が熱くなった。


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