明日はきっと特別な日



 事実上の無期限停止状態であるヴァリアーは随分ひっそりとした静けさがあるが、大きな獣が爪を研ぎながらその時を待つように、緊張と恐ろしさだけは何一つ変わらず残っていた。
 あれから何度冷たい冬を迎えただろう。歳を重ねるごとにその冷たさと緊張は増していき、重く苦しい空気に耐えきれなかった者は何人もいる。
 しかし、幹部達やれんは違った。XANXUSが必ず戻ってくると、少しも疑ってはいなかったのだ。いつか戻ってくる王のため、一番鋭く、一番強い自分でいることを絶対としていた彼等は、日々努力を怠ることなく技を磨き続けていた。

「おいれん、明日忘れんなよ」

 ベルフェゴールがヴァリアーに入隊してから初めての誕生日。れんから持ち掛けられた提案により行われた戦いは、殆ど差は無かったが彼女の勝利で幕を閉じた。
 彼は悔しい気持ちで一杯であった。だがそれと同時に、彼女の剣技を全身で受けたあと、益々興奮が抑えきれなくなってしまったもの事実だ。
 その日は初めて彼女の舞うような剣技を見た時とは正反対の、昼間の澄み渡る快晴日であった。暖かい太陽の光が降り注ぎ、降り積もっていた雪や、彼女の持つサーベル、手入れされたパールホワイトの爪、しなやかに揺れ動く髪まで、全てが光を反射して、まるで雪の結晶のように煌めいていた。
 その輝きを乗せた剣技はただ強いわけでも、ただ魅せるだけでも無い。ベルフェゴールが持つナイフと交わった時、そのナイフにすら煌めきが移ったのかと思えるほど、彼女が織り成す技は強く美しいものであった。
 そんな彼女との戦いをたった一度で終わらせる気など、ベルフェゴールにはさらさら無かったが、後に彼女から告げられた、毎年ベルフェゴールの誕生日の時のみ戦う、という提案から、次の誕生日までお預けを食らってしまったのだ。
 しかしそのお陰で、彼は毎年自らの誕生日を待ち遠しく思っている。そして今年も、彼女との戦いを今か今かと待ち侘びているのだ。

「鍵、壊さないでね」

「早く起きれば問題ないだろ」

「ベルは毎回早すぎるのよ……」

 ベルフェゴールの背丈はどんどん成長し、とうの昔にれんを超えている。初めの頃は見下ろしていた筈が、あっという間に見上げることになってしまったと、れんは少しだけ寂しさも感じていた。
 しかし見上げる姿になっても彼はれんの背を追っていた。ここ数年はもう殆ど勝負は五分五分であるが、それほどまでに彼女は強く、そしてその提案は彼の道標となっている。
 こうなることを予測していたのかそうでないのか本人以外には知る由もないが、世話係を命じられたあの日から、確かにれんはベルフェゴールの一番近くで共に歩み、そして成長してきたのだ。
 彼は明日、16歳になる。入隊した時の年齢と殆ど同じ時を過ごしてきたのだ。逆に言ってしまえば、それほどまでの長い月日の間、未だ王は戻ってきていない。それがどんなに冷たく辛い日々か、彼等以外の者には分からぬことであろう。その長い月日の中で幼いベルフェゴールの心が冷たく閉ざされないままでいられたのは、れんの道標のお陰といっても過言では無かった。

「それなら一緒に寝れば良いんじゃね?」

「嫌よ、いつ始まるかも分からないし、寝ながらナイフで刺してきそうだし」

「そんな物騒なことしねーよ」

「どの口が言うのよ」

 街に降りて手当たり次第に遊んでいるの知ってるんだからね。と、睨み付けながら小言を言われても、ベルフェゴールは知らぬふりを決め込んでいる。
 最近は外に出て遊ぶことも多くなったようだか、それでも背を追ってきてくれているのは喜ばしいことであると、れんは思った。初めは会話すら殆ど出来なかったというのに、今となってはヴァリアーの中で共に過ごす時間が一番多いのは彼が群を抜いているのだから。

 一年に一度のとくべつな日。それはベルフェゴールにだけでなく、れんにとってもそうである。
 おそらくきっと、明日は今までで一番とくべつな日になると、彼女は何となく感じ取っていた。


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