不透明ななにか



 惰眠を貪ってばかりの生活であったが、今日この日だけは違った。
 暗く重たいカーテンを開け放ち、外の景色を確かめる。降り積もった雪のせいでいつもよりも明るく見える景色に、瞳にかかる前髪があっても眩しく感じてしまう程であったが、れんとの約束通り、今日が晴れていることを理解すれば、この眩しさなど幾らでも我慢出来た。

「っし!」

 喜びのあまり、声が出てしまったのは致し方ないだろう。
 ベッドへと舞い戻り、着ていたボーダーの服を脱ぎ捨てれば、近くあったこれまた同じ色のボーダーの服を頭からすっぽりと被る。
 昨夜、興奮してずっと眠れなかったせいで、ローテーブルの上には磨かれた綺麗なナイフが所狭しと並んでいる。隊服を羽織り、全てのナイフをしまってから、ベルフェゴールは勢いよく扉を開け放ちれんへの部屋へと向かって走った。

 無我夢中でれんの部屋へと向かい、あっという間に鍵を壊して難なく部屋に侵入する。が、思った人物が見えないので一番奥にある寝室の方まで駆け寄り、そのまま扉を開けてベッドへと飛び乗った。
 瞬間、スライドを引く音がしたと思えば、体を刺すような殺気と、額にこつりと何かがぶつかる感覚。

「って……ベルじゃない……」

 額に当てられていたのは当然ながらピストルだ。銃を扱ったところは一度も見たことが無いな、と思いながら、先程感じた殺気にゾクゾクとした何かが体を這いずり回るのを感じる。これからこの殺気を当てられるのかと想像すれば、早く戦いたくて仕方が無かった。

「今何時、……って、まだ朝……」

「早く戦おうぜ」

「というか鍵は……」

「壊した」

「はあ……全く」

 未だ起き上がる様子がないれんの上に両手を置いて体重を掛ければ、彼女は苦しそうに「うっ」と声を漏らしながら睨み付けるようにこちらを見遣る。
 隊服を羽織っていない私服姿には少しだけ新鮮さを感じるが、それよりも、ベルフェゴールは早く戦いたい気持ちで一杯だった。

「珈琲くらい飲ませてよね」

「早くしろよな」

「ご飯は?」

「……食べる」

 髪を梳くように撫でられながら尋ねられると、思い出したかのようにお腹が空いてくるのだから少し気恥ずかしく感じる。気安く王子に触れていい者など殆どいないが、れんだけは許せるような気がした。







 珍しくれんが任務外で剣を抜くと聞き、S・スクアーロは中庭を見下ろすことが出来る廊下からその様子を伺っていた。
 昨夜降り続いていた吹雪のせいで、足元は不安定。その上、狭くもないが障害物もある中庭を選んだことでベルフェゴールの方が勝率が高いと、他の者はまず初めにそう思うだろう。
 しかし彼女の剣技はスクアーロのそれとは少し違う。繊細さも勿論あるが、あらゆる障害を薙ぎ払うような彼の剣に比べ、その場にあるもの全てを利用するように不規則で、しかし規則的な舞のようにも見える動きが特徴的であった。
 その上、共に任務に赴き、近くで見てきたとはいえ、普段の彼女はヴァリアーには中々珍しい穏やかな方の人間だ。普段の彼女と接する機会の多いベルフェゴールからしてみれば、想像を超える殺気にまず驚くであろう。彼女はXANXUSとスクアーロに拾われた恩を忘れることなく、ずっと密かに忠誠心を胸の奥で燃やし続けている。
 そんな彼女が易々と負けるわけが無いのだ。

「いつ見てもあの子の剣技は美しいわね」

 同じく二人の戦いを見に来たであろうルッスーリアが、言葉を投げ掛けながら隣へとやって来る。視線は中庭の二人に向けながら「当たり前だろ」と、師であることを誇れば、隣にいる彼も「それもそうね」と笑った。
 揺れる髪、息遣い、きらきらと瞬く雪とサーベルは眩い光を反射している。殆ど闇夜に行われる任務と違い、太陽の光の元で戦う姿はそれはそれで美しいものがあった。

「勝負あったみてぇだな」

 一瞬の隙を見て、丁寧に手入れされたサーベルがベルフェゴールの喉元へと当てられる。彼もその美しいナイフを振りかぶっていたが、どうにも距離が足りそうにもない。血を流させてしまえば勝ち目が無いと思ったのか、れんが決着をつけるまでは想像よりも早かった。
 ここからでは二人の表情はよく見えないが、恐らくベルフェゴールは顔を歪ませていることだろう。何せ自分に好条件だと思っていた地で、本気を出す間もなく終わってしまったのだから。

「あいつは案外あざとい奴だぜ」

 好条件なのは彼女も同じだったというわけだ。しかし、彼女にとってそれほど油断ならない相手だったということでもある。表に出すことは無いだろうが、きっと彼女だってベルフェゴールという天才と謳われた強さに焦りを感じていることだろう。
 互いに負けられない相手が出来たというわけだ。
 面白く感じてしまったのはきっとスクアーロだけでは無い。隣にいるルッスーリアも、きっとあの二人だって、この戦いを機に何かを思った筈だ。


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