魔法のようにぱちぱちと弾けた
窓の外を見てみれば、激しく吹き荒れる吹雪。まるで今のヴァリアー邸内のようだとれんは思った。
XANXUSが眠りについてから早数ヶ月。季節は冷たい冬を迎え、あと十日程で新しい年を跨ごうとしている。
邸の中は何処も彼処も冷え切っていた。当たり前だ。一人一人理由は違えど、ヴァリアーに所属し、XANXUSに着いていこうと決めた者たちの集まりだ。彼がいなければ、彼の荒々しく圧倒的な強さを誇る炎が灯らなければ、道標を見失ってしまったも同然なのだ。
◇
れんはキッチンでお湯を沸かしながら、カップボードからティーカップを二つと、大きなマグカップを一つ取り出す。三つをトレイの上に置き、お湯が丁度沸騰してきたところで火力を中火まで弱めた。
次第に甘さの中に時々ピリッとしたようなスパイスの香りが広がってくる。鍋の中には料理長から貰ったシナモン、カルダモン、クローブが入っており、蓋を開ければ先程よりも強く香りを感じる。
火を止めてから茶葉を加え、砂時計を反対にしてテーブルの上に置く。そういえば、この間料理長に作ってもらったカントゥチーニがまだ余っていることを思い出すと、カップボードの一番上にある“ れん ”と書かれた箱の中からお目当てのものを取り出した。
しかし、きっとあの子は食べないだろうと思った彼女は、料理長に何かお菓子は無いかと尋ねると「ジャンドゥーヤチョコレートがあるよ」と言って、彼女の手のひらの上に乗せた。
「ありがとう」
「2分、経ってるよ」
「わ!いけない!」
鍋の中にミルクを加え、中火で沸騰する直前まで再び温める。隣には小さな鍋にミルクだけを注いで同じように温めた。ミルクのみはマグカップに、お砂糖を加えたチャイは茶漉で濾してからティーカップに注いで、残りはポットへと移した。
「カポクオーコ、ありがとう」
「お易い御用さ」
全てをトレイに載せて、談話室へと向かう。きっとあの子は待ちくたびれている筈だと急いで向かい、扉を開けば案の定、ベルフェゴールはぐったりとした様子でソファに座り込んでおり、ルッスーリアとの会話に少々飽き飽きしているように見えた。
「あら、出来たの?」
「遅すぎだし」
「ごめんごめん」
向かい合わせで座る二人の間にあるローテーブルにトレイを乗せる。マグカップはベルフェゴールに、ティーカップの一つをルッスーリアの方へと向けた。
「珍しいわね、わざわざチャイを入れるなんて」
「今日はちょっと寒かったから」
「王子これ嫌い」
「貴方にはチョコレートがあるわよ」
案の定カントゥチーニをお気に召さなかった王子様のために、料理長から貰ったチョコレートを目の前に並べる。喜ぶことはしなかったが、何も言わずに受け取ったところから嫌ではないのだろう。彼は三人掛けソファの端に座っていたので、れんはその隣に腰掛けた。
「それにしても……本当に今日は寒いわね」
当たり前のように会話が始まったことに、ルッスーリアは少しだけ驚く。いや、今更驚くことでも無いのだが、本当に彼等は随分と打ち解けたものだと思ったのだ。
何があったのかは知らないが、二人の間にある距離感に殺伐とした空気は無い。ゆっくりと淡雪が舞い落ちれば、ほんのりと溶けだすような柔らかい暖かさがそこにはあった。
「……ルッスーリア?」
「ああ、ごめんなさい」
「寝ぼけてんのかよ」
まあベルちゃん。と、ルッスーリアが咎めるように声を掛けてもベルフェゴールは知らぬふり。
しかし当の本人はそこまで気にしていないようで「そういえば」と、思い出すように声を上げてから、覗き込むように屈んでから再び呟いた。
「明日、ベルちゃん誕生日じゃない」
「えっ、そうなの?」
驚いた様子でベルフェゴールを見遣ったれんに、ルッスーリアは内心驚いた。仲のいい彼女ならば知っていると思っていたからだ。
「そうだけど、別にどうでもよくね?」
言葉通り、さして気にもしていない様子の本人は、手元にあるチョコレートを口に含んでから呟く。
その言葉にれんとルッスーリアは顔を見合わせた。本当に彼がそう思っているだけなのか、はたまたこんな状況になってしまったヴァリアー邸で、自分の誕生日に浮かれてなどいられないと思っているのか、その真意は測りかねるが、なんとなくれんにはその姿が寂しく映ってしまったのだ。
「明日晴れたら、私と外で一戦する?」
それが私からのプレゼント。と、思わぬれんからの提案に、驚いた様子でベルフェゴールは顔を上げた。
「まじ?」
「うん、まじ」
「やる」
「晴れるといいわね」
湯気と共に立ち上るスパイスの香りと、彼女からの言葉がベルフェゴールを包み込むようにして漂う。その提案は、まるで暗闇に飲み込まれてしまった心を掬い上げるような魔法の言葉であった。
戦う姿は何度も見ていたが、幾度となく悪戯しても刃を抜かなかった彼女と、漸く戦うことが出来る。
案外、誕生日も悪くないと思うのと同時に、素敵な誕生日プレゼントを送ってくれた隣の彼女に、また少しだけ心を寄せるのであった。