星空のしたを舞うように



 吐く息も、辺り一面の景色も、黒い隊服とは正反対の真白。雲一つない大空には煌めく無数の星と輝く満月が浮かんでおり、降り積もった真白の雪に反射して景色はいつもよりも明るく見える。
 深い深い森の中。S・スクアーロが先頭に立ち、次いでれんが、更にその後ろには少々不服そうなベルフェゴールがいた。隊服のポケットに両手を入れて、目の前の彼女を睨み付けているようにも見える。

「……何でオレが後ろなわけ」

「不服そうね」

「絶対オレの方が強い」

「まだ分からないじゃない」

 れんは涼し気な表情でベルフェゴールを見下ろした。
 共に過ごしてきて既に数ヶ月経っているが、未だ悪戯好きな少年からの悪質な嫌がらせに、一度も剣を握ったことはない。それがどうにも気に食わないようで最近は前にも増している気がするが、それでも頑なに腰にぶら下げている武器を手に取ろうとはしなかった。

「う"ぉ"ぉい!無駄口叩いてねぇでさっさと行くぞぉ」

 難しい任務ではないが、それでも油断は禁物だ。
 窘めるように声を掛けたスクアーロを筆頭にして、今回の任務に着いている者たちは闇夜に消えていく。後を追うようにしてれんも暗闇へと身を隠し、姿が見えなくなると、ベルフェゴールは小さく舌打ちをしてから渋々と後ろに着いて行った。







 予想通り、呆気なく終わりそうだなと思ったベルフェゴールは、目の前にいる敵をあっさりと切り裂いた。
 殲滅するまでもう殆ど時間はかからないであろう。弱くは無いが、ヴァリアー隊の強さが圧倒的過ぎた。
 そういえば、れんはどんな風に戦うのだろうかと、ふと思う。今まで何度殺そうとしても一度も剣を抜いたことは無く、共に任務に行くのも今宵が初めてであったため、彼女が戦う姿を一度も見たことが無かったのだ。
 もしかすれば、弱点が見つかるかもしれない。そうと決まれば、終わってしまう前に彼女の元へと急がねば。
 取り囲む敵達をナイフとワイヤーであっという間に倒してから、鮮血が飛び散った白い地面を軽く蹴り、彼女が戦っているであろう西の方へと駆けていく。太い木の枝を飛び渡り、少しだけ開けた場所に辿り着くと、ちょうど真ん中の辺りに彼女はいた。

「うわ……」

 思わず息を呑んだ。
 れんを取り囲むようにして迫り来る敵に、一瞬の隙を与えることもなく薙ぎ払っていく姿。それはまるで舞っているようであった。
 体を翻す度に伸ばされた髪が揺れ動き、柔らかく手入れされたそれは月の光を反射して、きらきらと星が流れるよう。計算し尽くされた動きには一瞬たりとも無駄なところは無い。頭からつま先、指先や剣の先まで寸分狂わず彼女の計算通り。
 ヴァリアーに所属する者は何処か皆、荒々しさを感じるところが多いが、彼女の動きはそれとは正反対のような気がする。しかしその繊細さはスクアーロと通ずるものがあるので、やはり彼女の師は彼で間違いないのだろう。
 敵ですら見惚れてしまうようなその剣さばきにベルフェゴールは当初の目的を忘れ、彼女の戦いに魅入っていた。そうして気が付けばその場にいた敵は全て倒されていて、鮮血で出来た赤い花が彼女を取り囲むように咲いている。勿論、彼女にはその花は咲いていなかった。

「まじかよ……」

「そっちは終わったの?」

 小さく呟いた独り言はどうやられんの耳には届かなかったようだ。まさか自分に言葉を投げ掛けられるとは思わなかったベルフェゴールは数瞬反応が遅れたが、見下ろしていた木の枝から飛び降りると、頭の後ろで手を組み、なんてことないように告げた。

「楽勝だし」

「ふうん。やるじゃない」

 素直に褒められたことにどうもむず痒さを感じた。そして同時に、隊服の裾に付いた赤い花を見られたくないと思った。
 強さだけを見れば、天才と謳われたベルフェゴールは劣ってなどいないだろう。何せ彼は、殺しだけであればヴァリアーのトップクラスとも言われている。それでも、彼が倒した数より遥かに多い敵を目の前にして、あの真白の景色の中を舞うように、そして一度も鮮血を被ることなく全てを地に伏せたれんを、少々不本意であるが美しいと思ったのだ。

 次第にその感情から彼女を認め始め、悪質な悪戯は徐々に減っていく。揃って任務に赴くことも多くなり、始めは全く聞く気が無かった彼女からの言葉や指示も、段々と素直に聞くようになった。
 想像よりも遥かに早く距離が縮められたことにれんは嬉しく思った。息が合っていけば、任務の質も格段に上がっていく。もしかすれば、この時が一番楽しかったのかもしれないと、あとになってから思う。
 ベルフェゴールはまだ幼いため、伸び代はまだまだある。このままどんどん強くなっていけば、彼は本当の天才になると確信していた。
 しかし、れんが望むような未来が訪れることはなかった。
 それはヴァリアーで過去最悪の日となった、ボス──XANXUSが眠りについてしまったあの日から、凍てつくような冷たい日々を過ごすことになったからだ。


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