薄明と淡雪
降り積もる雪のせいで辺りは静寂に包まれている。カーテンの隙間から眩しく零れる光に、ベルフェゴールは意識がゆっくりと浮上していくのを感じ、薄らと瞼を開いた。
そこにはヴァリアー邸を包み込んでいた、あの凍てつくような冷たい空気はもうどこにもない。隊員達の道標となる、燃え上がるような炎は再び灯されたのだ。これが本来の姿である筈なのに、王がいなかった期間の方が長かったせいか、どうにもこの空気に慣れるまで時間がかかってしまった。
そして今日は王が帰還してから二度目のベルフェゴールの誕生日である。彼は今日、18歳になった。
「おいれん」
むくりと起き上がり、隣で眠る彼女に声を掛ける。同じ暗殺者として、声が掛かるまで起き上がらないとはどうかとも思ったが、安心しきって眠っている姿は可愛らしいと言えるだろう。なめらかな頬に指を滑らせてから、むに、と摘むと、彼女は眉を顰めながら言葉にならない声を上げた。
「む……なに……」
「外、見てみろよ」
起こされたことに不満そうな表情を浮かべているが、れんは言われた通りに窓際まで移動して、カーテンの隙間から外を覗き込んだ。
「わ、雪降ってる」
「毎年なんだかんだ止んでたのにな」
「なんか……不思議だね」
太陽が少しずつ顔を出し、空が白み始めているなか、そこまで雲は無いものの淡雪がちらちらと舞うように降り落ちている。その光景はどこか幻想的であった。
「まあでも」
くるりと振り返ったれんは冷たくなりかけていたベルフェゴールの手を取って、暖めるように包み込んだ。
「今年はゆっくり過ごしてお祝いしたいかも」
そう言った彼女の頬はほんのりと熱を持っていて、伏せられた睫毛の隙間から覗く瞳は、いつもよりも期待が篭っているような気がする。1年前の今日は見ることの無かった彼女の新しい表情に、ベルフェゴールはゆっくりと口角を上げると、目線を合わせるように少しだけ屈んだ。
「もっかいベッド行く?」
「……うん」
「しし、今日は随分素直じゃね?」
「今日だから、だよ」
恥ずかしそうに視線を逸らすれんの額に口付けを落とせば、あからさまに驚いて彼女は目を見開いた。二人の関係に名前は付いてしまったけれど、大切に思うその気持ちは一言では言い表せない。彼女から与えられるたくさんの魔法は、まるで薄明のなか舞い降る淡雪のようにベルフェゴールの心に落ちていき、ゆっくりと溶け込んでいった。