散らばる星々に願いを

 割れたガラス片と紫色の小さな星たちが、わたしの足元に散らばっていた。それを眺めていると、わたしは彼との日々を鮮明に思い出すことが出来た。柔和な口調、慇懃な態度、けれども案外短気で口煩くて、時折見せる表情が子供らしい彼のことを。あまりにも儚くて優しくて、切なかった数年間の日々を。

 沖縄の海って、やっぱり綺麗?
 二年の春に傑と五条が就いた任務で沖縄に向かうと聞かされてから、心配のやりとりをしたのちに送ったメールだった。傑は「確かにこの辺りでは見られないほど綺麗だよ」と、透き通るような水色の海と五条が写った画像を一緒に送ってきた。
 わたしは不謹慎ながらも「いいな、沖縄行ったことないんだよね」と送信した。案の定傑からは「遊びに来てるんじゃないんだ」と正しい内容の返信が来た。しかし彼も冗談だとわかっていたからか怒っている様子はなく、「今度はみんなで行こう。もちろん任務じゃなくて休日に」と最後には書かれていた。

 星漿体の任務からしばらく経ったときのことだった。午前中に任務を終えたあと、わたしは傑に呼ばれて彼の部屋にいた。

「どうしたの? 急に」
「そういえばこれを渡せていなかったと思って」

 突然渡されたのは小さな白い紙平袋だった。思い当たる節が見当たらず、わたしはしばしそれを眺めた。なにか小さなものが入っているのか、真ん中のあたりだけ膨らんでいる。わたしはおそるおそるそれを開封した。

「え、うそ……」

 中身は小さなガラス瓶に入った紫色の星の砂だった。星の形の粒子からなる海洋性堆積物。キーホルダー型になったそれは、沖縄のお土産でよく見るものだった。

「悟と二人で行ったから不貞腐れてただろ?」
「別に不貞腐れてなんか……」
「なんだかんだ渡しそびれちゃって……今更だけどあげる」

 任務の話は大まかにしか聞かされていなかったけれど、わたしは途端にいたたまれなくなって俯いた。あのときはこんなことになるとは思っていなかったとはいえ、いいな、だなんて不謹慎過ぎる内容を送ったと、自分を恥じた。素直に喜ぶべきなのか、そうでないのか。なんて答えればいいのかもわからなくて黙り込むわたしに、傑は「いらなかった?」と眉尻を下げながら控えめな声で尋ねた。

「っ、ちが、その……ごめん。いる……嬉しい……嬉しいけど、」

 どんな顔をすればいいかわからなかった。すると突然、むぎゅ、とわたしは傑の大きな手に顎を掴まれて目線を合わせられた。彼は想像していたよりもずっとやわらかな笑みでわたしを見つめていた。

「嬉しいならもっと嬉しそうな顔してよ」
「っ、ちょ、」
「君が思ってるより私は平気だよ。余計な心配はしなくていい」

 余計、だなんてそんなの。けれども傑がそういうのならわたしに言えることはもうなくて、むっとくちびるを尖らせたのち、「ありがと」と顎を掴まれたままそう言った。傑は笑って手を離した。

「君、意外とこういうの好きだろ?」
「……意外、は余計なんだけど」

 けれども確かに、むかしのわたしはこういうのが好きだった。任務に行くたびに小さなものやキラキラしたキーホルダーに、わたしは目を向けていた。そんなわたしに五条は笑っていたけれど、傑は「案外可愛いものが好きなんだよ」と知ったような口を利いていた。案外、は余計だよと毎回思っていたけれど、彼がわたしのことを知ってくれていることを、そしてそれを可愛いと言うことを、内心喜んでいた。

「ごめんって。でもほら見て」
「……なに?」
「お揃い」

 傑はガサゴソと机の引き出しを漁ると、わたしと同じ色をした星の砂のキーホルダーを持ち上げた。そして笑いながらそれを見せ付けた。
 彼のらしくない行動に、わたしも驚きながら笑った。わたしと同じもののはずなのに、彼の大きな手で持つとそれはひどく小さく見える。大きな男が小さなキーホルダーを持つ姿は、なんだか不思議で可愛らしかった。

「ええ、なんで?」
「なんでって、酷いな。別に私が持っていたって構わないだろ?」
「それはそうだけど……」

 素直に喜べないわたしに、傑は小さく笑ってから星の砂を手のひらの上で転がした。紫色の砂がさらさらと小瓶のなかで揺れる。

「こうして買っておけば色々思い出になると思って。二人で任務に行った時とか、もちろんデートの時でも」

 それに、こういうのも好きだろ? そう続けられた言葉に、わたしの顔は燃え上がるほど熱くなった。ちらりと、手元にある星の砂を眺めてから、彼の手元にある同じものを眺める。ラベルには「願いが叶う幸せの砂」と書かれていた。傑は穏やかなまなざしでこちらを見つめていた。わたしは頷いて、それから「好き」と小さな声で答えたのだった。

 それからわたしたちはたくさんお揃いを作った。お土産のキーホルダーを始め、文房具、安っぽいアクセサリー、通話用PHS。PHSは電池パックのカバーを交換したりもした。

 幾つもの年を重ねた。増え続けたお揃いは途中でパタリと止まった。わたしはそれを大きな箱に詰めてクローゼットの奥にしまいこんだ。目にしてしまえば、すぐにでも泣いてしまいそうだったからだ。

 衣替えをするためにクローゼットから冬服を出したときだった。引っ張る拍子に服が箱にぶつかってしまい、大きな音を立てて中身が零れ落ちた。小さなキーホルダーから大きなぬいぐるみ型のキーホルダーまで。文房具、安っぽいアクセサリー、契約の切れたPHS。そして当時のガラパゴス携帯。そのなかにあった星の砂のキーホルダーは落ちた拍子に割れてしまって、わたしの足元に広がった。紫色の星々が広がる。それを眺めていると、途端にあの日々を思い出させた。懐かしいだなんて、そんな言葉ではまだ片付けることが出来ない。思い出すだけで目の奥が熱くなって胸が苦しくなる。それくらい、大好きだった。
 わたしはその場にしゃがみこんで星を集めた。手のひらに傷が出来ていったが、それでも構わず集めた。「願いが叶う幸せの砂」ちょうどラベル部分は割れることなく綺麗なままで、遂にわたしは声を上げて泣いた。願いが叶うなら、どうかあの日々に戻らせて欲しい。傑に会わせて欲しい。そして彼に、幸せになって欲しい。届かないとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。



prev list next

- ナノ -