伝染するパウダーピンク



※モブの女の子目線

 都内に数店舗しかないスーパーマーケットのアルバイトを始めて早一ヶ月。と言ってもわたしが普段使うようなところとは少し……というか結構違って、ここに置いてあるものは値段も高く、オーガニックだとか海外製品を多く揃えた所謂高級志向のスーパーマーケットである。店内はスーパーとは思えないくらいオシャレであるし、焼きたてのパンやイートインスペースなどもあるのでカフェのようにも見える。
 立地も良く、高級住宅が多く立ち並ぶようなところなのでそれなりに来るお客さんも富裕層の人ばかりだ。中には芸能人も来るそうで、ここのアルバイトの面接時にはそういう芸能関係の人が来たとしてもSNSや友人には他言しないことを強く確認させられた。元よりそれほど芸能人には興味がないというか、それほど多くテレビや雑誌を見る方でもないのでもし出会ったとしてもそれほど動揺もしなければ興奮もしないだろうと思っていた。なにより、来店したとしてもわたしが気付かない可能性だってあるし……。

 そう思っていたのだが、これは、流石にわたしでもびっくりだ。多分この動揺は表には出ていないだろうが内心わたしは今にも変な声を上げてしまいそうなほど驚いている。いや、彼単体ならそれほどでも無かったのだろうが、問題はその隣にいる女性なのだ。いやそれよりも互いの薬指に光る銀色が、一番わたしを動揺させている原因である。
 来店された時にまず、随分スタイルのいいお兄さんだな、と思ったのが初めだ。わたしはレジにいたのでそれほどしっかりと顔が見えなかったからその時はその人が芸能人だとかそういうのは全くわかっていなかったけれど、隣にツバの広い帽子を被った華奢な女性がいたのはその背中越しに見えた。パッと見二人とも若そうであったので、この年齢でここに来るってことは家がお金持ちなんだろうかくらいにしか思っていなかったわたしは、ちょうどレジに並んだお客さんの商品のバーコードを読み取りながらその二人のことは一瞬にして頭の片隅に消えていった。そうしてしばらくしてからその二人がわたしの目の前に現れた時、あまりにもびっくりして一瞬、ほんの一瞬だけ固まった。

(げ、夏油傑……と、え? 彼女? じゃなくて、え? 指輪?)

 与えられる情報多すぎていつまでも完結しません。まさか先程見たスタイルのいいお兄さんが夏油傑だとは思いもしませんでした。しかも変装なのか普段はそうなのかわからないけれど眼鏡をかけていてとてつもなくかっこいい。いやそれよりもその隣にいる女性がまさか彼女、ではなく、えっと、奥さん……ってことでいいんですよね? 二人の左薬指にあるのは間違いなく結婚指輪で、二人の距離感もどう考えても仲睦まじいのは間違いない。夏油傑って結婚してたんだ。

「エコバッグお持ちであればこちらでお詰め致します」
「あ、よろしくお願いします」

 しかし動揺を表に出すのも失礼なのでわたしは淡々とバーコードを読み取って、商品を袋詰めしていく。その間「え、なにこれ、いつ入れたの?」「さあ?」「さあ? じゃなくて、入れるの傑しかいないじゃない」と目の前で小さく交わされる会話に心臓がバクバクと高鳴ってしょうがなかった。奥さんに黙ってカゴに入れるって子供か……? え? イメージとちょっと、というかだいぶ違うような? というか夏油傑って本名なの? 芸名じゃないの? 確かに知り合いが祓本二人は大学生時代から芸能活動始めてるって言っていた気がするけど……。え、ていうか本当に本物?

「あ、お姉さんこれもお願いします」

 そう言って夏油傑(っぽい人)(まだ信じきれていない)はレジ横に並ぶ海外製のチョコレート菓子を差し出した。わたしはそれを受け取ってバーコードを読み込む。う、夏油傑、画面越しより本物の方が数億倍かっこいいんですけど……?!

「また悟用のお菓子買ってる……」
「たまに強請ってくるからね」
「あげるから強請るんだよ」

 悟って五条悟? いやもう今度こそ情報過多で頭がパンクしそう。芸能人と出会っても動揺しないって思っていたけどこれは流石に無理です。夏油傑が支払いをカードで済ませている間、奥さんは詰め終わった袋をわたしから受け取り「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。ずっと夏油傑の方にばかり意識が向いていたけれど、奥さんも負けず劣らず綺麗なのでもしかしてわたしが知らないだけで芸能関係の人なんだろうか。生まれて初めてもっとテレビや雑誌などをチェックしておけばよかったと思った。

「ありがとうございました」

 カードをしまったあと夏油傑はさっと奥さんから袋を奪うと、そのまま手を取って出口へと向かっていく。いや眼鏡をしているとはいえそのオーラじゃすぐバレるだろうにそんなオープンで大丈夫なのかな……こっちが心配になる。そして去り際「なまえの好きなケーキ買いに行こ」と言ったのが聞こえてしまい、奥さんの名前を知ってしまった。いやそんなつもりはなかったんです。というよりその時の声がめちゃくちゃ優しくて……夏油傑、めちゃくちゃ奥さんに甘々だな。なんかもうわたしも幸せになれた。二人が持っていたエコバッグはここのスーパーのものであったのでおそらく辞めることなく働き続けていればまたいつか会えるだろうと信じている。絶対に辞めたくないと誓った。


 そしてその数週間後、平日の昼間に奥さんだけを見かけることがあり、またある出来事により会話をするようになったのはまた別の話。


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