テーブルに並ぶのは、腕によりをかけて作った料理たち。そしてわたしの目の前に座るのは、もはや親友と言っても過言ではないほど付き合いの長い友人だ。
「あいつ毎日いいもん食ってんなー」
「って言っても今日はおつまみばっかりだけど」
「いや、そっちの方がいい」
硝子は缶ビールをぐっと煽ると、目の前にあった枝豆をぱくりと口に放り込む。硝子、それ、全然手間かかってないやつ。茹でただけのやつ。
傑が忙しくなって、家で一人の時間が多くなってからは、こうして硝子がよく家に遊びにくるようになった。昔のようにくだらない話をして、けらけらと笑っている時間はとても楽しく、そして有難かった。毎日寂しい、というわけではないけれど、家に誰かがいるだけでその空間はぐっと明るくなる。
「うわ、またこいつら」
「あはは、なんかこのブランドの広告、めちゃくちゃ人気らしいよ」
「世も末だな」
「そんなこと言ってるの硝子くらいだよ」
テレビの画面に表示されたのは、先日発表された某アパレルブランドのコマーシャルだった。都内でロケに遭遇した日から既にしばらくの時間が経っているが、それでもあの広告は未だに街中に張り出されているし、こうしてコマーシャルで見ることもまだまだ多い。
「寂しくないの?」
少しだけ細められた目が、わたしを捉える。誤魔化すことを許さないようなその目に、わたしはしばし間を置いてから、「寂しくないって言ったら嘘かもね」と言って、同じく缶ビールを喉に流し込んだ。
「素直に言ってみたら? 寂しいって」
「言えるわけないよ」
「どうして?」
「どうしてって……二人が努力してきたところ、硝子だって見てきたでしょう?」
「だからって、夏油はなまえが我慢してまで人気になりたいと思ってるかねえ」
返事を返さぬまま、残り少なくなったビールを全て流し込んだ。わかっている。おそらく傑は、わたしが嫌だと言ったら可能な限り仕事を減らすだろう。
わかっているからこそ、言えるわけない。それに、寂しい時もあるけれど、こうして硝子がたまに家に遊びに来てくれるし。
「……この間、たまたま街で二人がロケしているところを見たの」
「五条がわざわざ写真送ってきたやつか」
「あ、そうなんだ。その時ね、なんか、凄く……かっこいいなって思って、どきどきしちゃったんだよね」
硝子は勝手に冷蔵庫を開けると、二本目のビールを取り出した。そしてキッチンでそのままプシュ、とプルタブを開けて缶を傾ける。
「って、何その白けた目」
「いや……何年経っても惚気が出てくるなーと」
「いいじゃない! 他に言える人誰もいないんだから!」
ずんずんとキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。この日のために取っておいた白ワインを持ち上げれば、硝子は「おっ」と瞳をきらきらとさせて瞬きを繰り返した。
「で? それで?」
「お酒出した瞬間、惚気聞く気になるのやめて」
「いいじゃんいいじゃん」
「……まあだからさ、寂しかったとしても、ああして祓本としての傑を私も見ていたいの」
「ふーん」
硝子はワイングラスを手に取ってテーブルまで戻ると、くるりと向きを変えてグラスをわたしの方へと向けた。
「まあ、それに免じて続き聞いてあげるよ」
***
家に着くなり、「ただいま〜」と呟いたのは私ではなく、隣にいた悟だった。
「悟の家じゃないだろう」
「もう第二の家みたいなもんでしょ」
ぶつぶつと言いながらも靴を脱いで、リビングダイニングへと続く廊下を歩く。
今日は硝子が家に来ているらしい。そのことを悟に言えば、二つ返事でここに来ると言った。祓ったれ本舗として芸能活動をしてからも、こうして四人で会うことはしばしばあった。
「って、あれ」
思ったよりも静かだな、なんて思っていれば、扉を開けた悟が拍子抜けしたような声を漏らした。後ろから部屋を覗き込めば、そこには一人飲み続ける硝子と、ダイニングテーブルに伏せる人の影。
「すまん、飲ませすぎた」
とは言いつつも、表情は全く反省しているようには見えない。既にテーブルの上には何本も飲み干された缶ビールと、ワインボトルが二つ。今夜は随分、盛り上がったらしい。硝子はまだまだ飲み足りないようで、勝手に次のボトルを開けているが。
「え〜寝てんじゃん」
「二人の分は冷蔵庫にあるってよ」
「わー! 流石!」
まるで自分の家のように、悟は冷蔵庫を開けてなまえが作ったご飯を電子レンジへと入れる。そして温まるまでの時間、「ね〜起きて〜」と無遠慮に頬をつつき出すと、彼女は少しだけ身を捩った。
「悟、起きるから」
「ん……すぐる?」
掠れた、甘い声だった。暫し時が止まったかのように、妙な静寂が私たちを包んだあと、ピーっと電子レンジの音が部屋に響く。
ベリッという効果音がつきそうな勢いで、悟の指先をなまえの頬から外す。既に彼女は再び眠りへとついていて、深い寝息が聞こえてきている。
「……悟、さっさと食べて帰って」
「えー! 今来たばっか」
「むしろ食べさせてくれることに感謝しなよ五条」
悟は電子レンジからなまえが用意したご飯をテーブルに並べると、目の前にあるつまみの残り物を頬張りながら、「はいはい」と箸の先をゆらゆらと揺らしている。
これだけ話していても、なまえは全く起きる気配がなかった。伏せる彼女を抱き起こして持ち上げれば、するりと首に腕が回される。既に二人は祓本のコマーシャルについて盛り上がっているようで、こちらには見向きもしていない。
「あ、夏油」
リビングダイニングの扉を抜ける時、背後から硝子に声をかけられる。「なに?」と視線をちらりと向ければ、硝子は頬杖をついたまま、「結構寂しがってたよ」と言った。
「あと、祓本である夏油がかっこよくて好きなんだと」
「…………」
「僕は?」
硝子は呆れたような視線を悟に向けた。腕に抱えるその重さに、どっと愛しさが溢れる。思わず力を込めれば、なまえは吐息を漏らしながら首元に擦り寄った。
「分かってるよ、急いで食べるって」
コップに注がれた麦茶を飲んでから、悟が呟いた。なまえをひとまずベッドへと連れていこうと再び足を進めれば、「明日絶対寝坊すんなよ」と遠くから声が聞こえた。