祓ったれ本舗。通称祓本。
お笑いコンビとして活動している二人だが、その人気は計り知れず、今では雑誌、CM、バラエティ、ドラマまで出演し、彼らを見ない日はないというほど人気絶頂のコンビである。
『今回のゲストは只今超大人気のこの二人!』
画面の奥からそんな言葉が聞こえたあと、『どうも〜』と噂の二人が登場する。白髪に蒼眼、ラウンド型のサングラスを掛けている男性は五条悟。黒髪を後ろでひとつに纏めている男性は夏油傑だ。
『今日は皆さんが気になっていたあんなことやこんなこと全て! 祓本のお二人に聞いていこうと思います!』
面白いかつ、ルックスも良い。特に夏油傑の方は演技も上手く、俳優業の仕事も最近増えてきたようだ。五条悟も一見口は悪いが、彼は案外とても優しい人であり、そのギャップが女性ファンにはたまらないのだとか。最近ではファッション雑誌に取り上げられることも多い。そんな老若男女問わず人気の彼ら。確かに彼らのことを知りたい人は多いだろう。
『ズバリ恋愛事情! これ視聴者の皆さん結構気になっている方多いと思うんですよ!』
『雑誌のインタビューなどでもよく聞かれます』
『好きなタイプについて五条さんは面白い子、夏油さんは優しい子、と以前お答えしているのを拝見したことがあります。しかし今日はそこから深く掘り下げてもいいですか?』
『もちろんです。お答え出来ることであればなんでも』
『ありがとうございます! そういえば先日バレンタインデーでしたが、お二人は学生の頃もチョコレートいっぱい貰っていたんじゃないですか?』
彼らが学生時代からの友人だという話は、もう結構有名な話である。たまに言い合う姿も見られており、口調は悪いがお互いが信頼し合っている様子が伺えるのがほっこりするのだそうだ。ちなみに今のはSNSで知らない誰かが言っていた言葉である。
『悟は結構貰ってたんじゃないかな?』
『傑だって貰ってただろ』
『お〜。やはりお二人ともその頃からモテていたんですね〜。好きな子とかはいたんですか?』
『昔付き合ってた子からバレンタイン当日にチョコ貰えなくて、傑めちゃくちゃしょげてたよな』
『おいコラ悟』
『夏油さんは当時お付き合いをされていた方がいたんですね! これは新情報なのでは?!』
画面の向こう側では観客席がザワザワと盛り上がり始めている。おそらくSNSでもこの話題で盛り上がっていることだろう。それくらい彼らは人気なのだから。
ソファに座りその様子を眺めていると、玄関の鍵が解錠される音がした。今日は思っていたよりも早かったな。
「おかえり」
「ただいま、ってそれ見てるの」
「うん、今ちょうどわたしがチョコ渡せなかった時の話していたよ」
そう言うと、彼は無言でテレビのチャンネルを別のものに変えた。音楽番組に切り替わり、『今期一番人気ドラマ主題歌!』とテロップが流れる。あ、これ傑が出演しているやつだ。
「まあ、録画してるからいいけど」
「それもだめ」
「えー」
「ここに私がいるのに?」
「気になるじゃん?」
「何が」
「祓本、夏油傑さんの意外な一面?」
「そんなの君が一番よく知っているだろう」
傑はキッチンに立つわたしの背後から、抱きつくように腕を回した。肩口に頭を乗せ、ぐりぐりと額を擦り付けている。かわいい。今日は随分とお疲れのようだ。
テレビの中、また役でも、彼は女性をリードするような大人っぽい印象が多い。それか悪い人。後者は今期のドラマで特に印象的なのもあって、ファンの子たちには新鮮に映ったようだ。それらもあながち間違っていないけれど、彼にだってそうじゃない一面だってある。
「今日もお疲れ様」
「ん」
祓本、夏油傑のこんな姿は誰も見たことがないだろう。その上、実は結婚しているだなんて発表したら、世間が大騒ぎになるのが目に浮かぶ。
わたしたちは祓本が生まれる前からの友人であり、恋人であった。傑、悟、硝子、わたし。なんだかんだいつも四人で行動して、だらだらともう長い付き合いになっている。祓本が結成され、人気になる前にわたしたちは結婚。そしてそのあとすぐに、ひょんなことから祓本は人気絶頂。女性ファンもかなり増えたことから、結婚している旨は伏せることにしようと、当時のわたしたちと彼の所属している事務所が決めたことだった。
「今日は?」
「生姜焼き」
「そういえば明日は悟も来るって言ってたな」
「明日二人とも仕事終わるの早いの?」
「一応予定では」
「じゃあ硝子も呼ぼうかな」
晩御飯の準備をするが、傑が離れる様子はない。良いけど、ちょっと動きづらい。
「傑」
「ん?」
「いつまでそこにいるの?」
「嫌?」
「やじゃないけど、動きづらい」
遠くで音楽番組が終わり、傑が出演しているドラマが始まる。前回の回想シーン。そういえば最後は傑が裏切る瞬間で終わったんだっけ。
「含みのある笑みが素敵なんだって」
「何の話?」
「今期のドラマで傑が演じてる役についてのファンの子たちの感想」
「へえ」
「あんまり興味なさげだね」
「無くはないけど、」
一拍間を置いてから、傑は再び口を開く。
「なまえはどう思った?」
「わたし? 悪い顔してるなーって」
素直に告げると、傑は少しだけ笑った。
「随分と冷めたコメントだね」
「意地悪する時の顔とそっくり」
「そこがいいんだって」
「それはファンの子たちでしょ?」
「“僕は貴方のことが大好きでしたよ”」
「っ! 傑っ!」
耳元で囁かれたのは前回の最後の台詞。ぞわりとした感覚に勢いよく振り返る。耳が弱いと知ってこういうことをやってくるのだから本当にタチが悪い。
「顔真っ赤」
「っ、あのねぇ」
「ファンの子の反応も大切だし、好かれることも大切だけど、一番はなまえから好かれることが大前提だ」
「っ〜〜、何が言いたいの」
「悪い顔してる私は嫌いかい?」
「……嫌いなんて、言ってない」
下を向いてボソボソと呟けば、傑の唇がわたしの額にぶつかる。女性をリードしてくれそう。優しそう。確かにそれも間違っていない。
「こんな部分もあるだなんて知ったらファン減っちゃうよ」
「ファンの子に見せるわけじゃないし別にいいだろう? それとも見て欲しい?」
「……やだ」
「素直で宜しい」
そう言ってから傑は再び口付けを落とした。今度は唇。離れる気も無さそうなので今日は寝るまでずっとくっついているつもりらしい。動きづらいけれど離すことが出来ないのは、惚れた弱みということなのだろう。ファンにとっても、わたしにとっても、罪作りな男だということには変わりない。