ずっしりとした重みを感じながら目を覚ます。いつもよりもぐしゃぐしゃになったシーツに、首の下から伸びる太くて逞しい腕。そして首筋の裏から微かに感じる吐息に、昨夜のことをぼんやりと思い出した。わずかに露出した肩がひんやりと冷たい。どうやらあのまま疲れ果てて眠ってしまったらしい。この様子だとおそらく背後で眠る彼もそうなのだろう。身を捩り向き合うように試みたけど、巻き付くようにきつく抱きしめられているためびくともしない。体の節々に感じる痛みに、そういえばしばらくしてなかったとここ最近を振り返る。
今日は昼ごろから仕事だと言っていたはずだ。そして比較的スケジュールに余裕がある日で、早く帰れそうだとも言っていた。今が何時であるかここからだと時計がよく見えないけれど、カーテンから零れる日差しから見るに寝坊はしていないだろう。お腹に回る腕をとんとんと軽く叩いて声をかける。
「傑、そろそろ起きないと……」
「ん……」
「傑」
「んー……」
駄目だ。全然起きる気がしない。元々寝起きはあまりよくない方だけれど、ここしばらく忙しい日が続いていたから今日は特に酷そうだ。あの行為も、詳しい時間はわからないけれど夜遅かったに違いない。
色々と限界そうだったなと、わたしは傑の腕をするすると撫でながら昨晩までのことを振り返る。結婚発表をしてからさらに多忙な日々が続き、寝に帰るだけのような生活が続いていた。一昨日だってベッドに入った瞬間、電池が切れたように眠りについていたし。昨晩も、余裕はなさそうだった。色々な意味で。
「……なまえ?」
「あ、起きた……?」
「ん……」
少しだけ緩んだ腕のなかで身を捩り、くるりと傑と向き合う。薄く開いた瞳でわたしを見つめてはいるが、寝惚けまなこでほとんど意識はない。頬にかかる髪を後ろへと流し、そっとキスをする。するとようやく彼はわたしを捉えた。
「遅刻しちゃうよ」
「いや……今日休み」
「え? そうだっけ……?」
「うん、調整してもらって……なまえ、もういっかいちゅーして」
本当だろうかと半信半疑で顔を覗いてみたが、傑は答える気がないのかキスを強請るようにぐっと顔を近づけるだけだった。触れるだけのキスをして、離れる。しかしすぐさま後頭部に腕を回され、わたしたちの唇は再び重なった。
「んっ、ん……」
「っ、はあ……」
ぱしぱしと腕を叩いて抵抗する。寝起きだからか、すぐに酸欠になって苦しくて視界が滲んだ。すると太ももの辺りに熱くて固いものがぐっと押し付けられる。え、っと反射的に傑を見れば、そこには至って冷静なままの彼がいた。
「な、な……」
「ごめん、ただの朝勃ち」
「わざとくっつけた……」
「うん、しよ?」
「お休みなのに?」
「休みだからだよ」
やだやだと抗議して両手をぎゅっと胸の前で交差する。すると傑はしゅん、とまるで耳を垂れ下げる小動物の幻覚が見えそうなほどわかりやすく落ち込んだ。駄目駄目、ここで流されたら今日一日中離してはくれないだろうし、歩けなくなっちゃう。
「絶対終わらない!」
「そりゃあね、だってイチャイチャしたかったもん」
「わ、わたしは傑と行きたいところあるもん……」
もんって可愛いなと思いつつ、こっちも対抗するように言う。すると傑は「もんって……」と自分のとこは棚に上げてそう呟くと、ぎゅうぎゅうとわたしを抱きしめてため息をついた。
「可愛いこと言うのは狡いよ」
「い、言ってない」
「言った。じゃあ帰ってきて夜しよ? ね、いいよね?」
それもうほとんど拒否権なくない? と思ったけれど、くっついていたかったのはわたしも同じだ。こくりと頷いて、ぴたりと寄り添う。とくとくと聞こえる心臓の音が肌と肌を伝って安心感が広がった。その瞬間太ももに当たっていたそれがぴくりと揺れたので、ぱっと睨みつけるように傑を見上げれば「わるいのはなまえ」と、彼は悪びれもせず人のせいにしてきた。
***
寒さも厳しい冬となってクリスマスムードに包まれると、街中は煌びやかな装飾に彩られる。毎年冬になると大きなシャンデリアが飾られるこの場所は、平日の昼間であっても人が多く賑わっていた。まあ休日の夜よりか遥かにマシなのだろうが。
「これね、一回見てみたかったんだあ」
結局起きてみたら午前十時とちょうどいい時間で、わたしたちはゆっくりと支度をしてピザが有名なイタリアンレストランでランチをしてからここまで足を延ばした。夜になればライトアップされるこのシャンデリアだが、昼も太陽光をきらきらと瞬かせて美しく、思わずほうっと息を吐く。
周辺には同じようにシャンデリアを見上げる人がいて、傑のことにも気づいている様子だったが、気を遣ってくれたのか声をかけるものはいなかった。傑も存在は知っていたのか「結構大きいね」と興味津々で中を覗いている。
「綺麗だね」
「もうクリスマスか」
「うん、そしたらすぐに年末だよ」
芸人にとって年末年始は多忙のピークだ。特番やお笑い番組、また生中継などが増え休む間もない。去年も一昨年も、傑は年越し生中継の番組に出演していたから、わたしは実家に帰ってゆっくりと年を越すのが定番になっていた。そしておそらく今年もそうなるのだろう。寂しくないと言えば嘘になるが、こうして傑はなるべくわたしとの時間を作ってくれるから不満はなかった。
「あ、そのことなんだけど、今年は年末年始の仕事休みだから」
「え?」
「流石にそんなに長くはないけど、でも年越しは一緒に出来るよ」
「……本当に?」
「うん、だから二人で温泉旅行でも行きたいなって……ふふ、嬉しいの?」
「うん、嬉しい……」
口元が緩んでしまうのを抑えられず、頬に手を当てて目を逸らした。年末年始を二人で過ごせる。それに温泉旅行。浮かれないわけがなかった。
「やっぱり家で言えばよかったな」
「……うん?」
「なんでもない。他にも行きたいところあるんだろう?」
「あ、うん。次はここをね、」
スマートフォンを操作し、ブックマークしておいた場所を表示する。すると傑は画面を覗いてから把握したように相槌を打って、するりと指を絡ませてそっと手を引いた。忙しい日が続いていたからやっぱり家で過ごした方がよかっただろうかと思ったけれど、結局その日は日が沈むまで行きたかった場所などを巡り、傑も楽しんでいたようなのでこれでよかったのだと思う。ちなみにそのあとは傑の宣言通りきっちりと抱かれ、翌朝彼は元気に仕事へ向かった。
なお余談だが、その日の夜、有名なイルミネーションスポットで夏油夫妻を見かけたとの目撃情報がSNSに流れたというのは、後日悟から聞いた話だ。
「そういえばどうして今日お休みになったの?」
「ん? ちょっとね」
「……」
「睨まないでよ。大丈夫、悟とマネージャーには無理させたけど、放棄してきたわけじゃないから」
結局そのときはきちんと理由を話してはくれなかったが、どうやら事前アンケートや悟とのネタ合わせだけだったため昨晩のうちに全てを終わらせたらしい。「傑の顔が怖すぎて絶対断っちゃいけないと思った」と悟は引き攣った表情でそう言っていた。