隣にいたい

 最近ヴァリアーに入隊した子。とっても優秀らしく、幹部にも一目置かれているらしい。

「あいつはひょっとしたらひょっとするかもな」
「ふーん……まあ、どうでもいいけど」

 スクアーロ先輩の言葉に、ベル先輩は興味が無さそうに答えながら、壁に掛けてあるダーツボードを目掛けてナイフを投げ付ける。
 近くのソファに腰掛けていた私は、聞いていないふりをして、内心焦っていた。

「お前は会ったの?そのスクアーロ作戦隊長が言う、優秀な奴」
「……え?何の話ですか?」
「はあ?聞いとけよ」

 聞いていない筈がない。
 ヴァリアーに入隊して、私は天才と謳われているベル先輩に憧れて、ここまで頑張ってきた。
 辛いことは何度もあった。死にかけたことだって沢山だ。それでも、憧れから恋心を抱き始めた私は、何としてでもベル先輩の近くに居たくて、何度も這い上がってきたんだ。
 だから、もし本当にその子が優秀で、ベル先輩がもし気に入ってしまったら……。考えただけでも、胸が張り裂けそうだ。

「……ちょっと席外します」
「明日の任務の確認するから夜までには戻ってこいよ」
「わかっています」

 強くなるためには、日々の積み重ねが大切だ。そんなことは分かっている。けれど、あの話を聞いて静かに座っていられるほど、私は強くはないし、優秀でもない。焦るようにして、トレーニングを行う部屋へと向かった。

「どこいくの」

 部屋まであと一歩。背後から投げ掛けられた言葉と、その声に驚いて、私は勢いよく振り返った。

「え、ベル先輩……なんで」
「質問に答えろよ」
「えっと……トレーニングを、しようかと……」
「ふーん」

 いつから着いてきていたのだろう。気配を殺して後ろにいたようだけど、気付かないなんて、やはり私はまだまだだ。その優秀な新しい子だったら、気が付いたのだろうか。
 少しずつ近付いてくるベル先輩に、私は心臓がどきどきと大きく鳴り響いていた。この音に気付きませんようにと願いながら、真っ直ぐと先輩を見る。

「あ、あのなんで……」
「焦ってんの?」
「えっ」
「オレが、新しい奴のこと気に入ったらって?」
「えっ?!」

 顔に書いてあんだよ。と、ベル先輩は笑いながら告げた。

「精々頑張れよ、オレのお気に入りになりたいんならな」

 くしゃりと私の髪を撫でてから、ベル先輩は踵を返した。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。心臓がさっきよりも激しく鳴り響いて、胸が苦しい。
 けれど、頑張れよって応援してくれたことが何よりも嬉しくて、顔が緩んでしまいそうだ。
 今日からもっともっと頑張ろう。ベル先輩のお気に入りになるために。
 この席は誰にも譲れない。


2020.11.05



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