休日出勤手当って存在しますか

 ヴァリアーのしがないメイドとして働き初めて早数年。
 初めの頃はヘマをして誰かに殺されるんじゃないかとヒヤヒヤしながら仕事をこなしておりましたが、最近は仕事にも慣れ、精神的にも強くなってきてなんとか今日まで元気に生きながらえています。正直毎日忙しすぎて辞めたいと思ったこともありますが、なんだかんだ真面目なわたしはやり甲斐などを感じ始めてしまって辞めるに辞められない状況になってしまったのです。決して、恐ろしくて辞めたいと言えないわけではございません。決して。

 そして実はわたしは今日から連休で、積み重なった寝不足を解消するために昼過ぎまで寝てやろうと、そう思っていたのです。ヴァリアーは本当に毎日人手不足でやることがたくさんありますから、今回の連休だって奇跡のようなものなのです。だからこれを逃してはならないと、昨晩わたしは好きなアロマを焚いて、あたたかいアイマスクをして、毎朝けたたましく鳴り響く目覚ましのスイッチをオフにして、柔らかなベッドの上で眠りにつきました。ヴァリアーのメイドはみな同じ邸内に自室を与えられていますので、ベッドは備え付けの、とても質の良いベッドなのです。こればかりはボンゴレファミリーに仕えていて良かったと思えます。
 話が逸れてしまいましたが、そう、わたしは昨晩確かに目覚ましをオフにしたのです。あの喧しい音に邪魔されることなく、思う存分眠りたかったのです。しかし現在わたしの耳に届くのはあの目覚ましと同等、いやそれ以上に喧しい音でした。ジリジリとつんざくような音ではありませんが、ドンドンと重く鈍い音が聞こえます。夢かと思いましたが夢ならばそれはそれで最悪でしょう。わたしは遂に耐えられなくなって勢いよく飛び起きたあと、音がする方に視線を向けました。どうやら音がするのは自室の出入口の方からで、誰かが扉を強く叩いてるのだとわかりました。メイドの上長か、あるいは……、いや確実に後者でしょう。普段から気にすることなく部屋に入ってくるくせにこういうことをしてくるのですから、わたしが今日休日であることを知ってわざとやっているのです。本当に、彼は、心底ムカつくお方です。

「おい、起きてんだろ。開けろよ」

 ドンドンと叩く手を止めないまま、扉越しにその声は聞こえました。このまま無視してもう一度寝てしまおうかとも思いましたが、そんなことをすればこの部屋がなくなってしまう可能性もあるのでそれも出来ません。わたしの貴重な休日が今この瞬間に終わりを告げました。折角たくさん眠れるチャンスだったのに。次はいつ休めるかもわからないのに。本当に、本当に。

「起きてんじゃんって、うわ、マジの寝起きじゃん」
「ベルさん、わたしは本日休暇を頂いております」
「んなの知ってっけど。王子には関係ないね」

 扉が壊される前に開けると、そこには案の定ベルさんが少しだけ不機嫌そうな様子で立っていました。いや、その表情はむしろわたしがしたいのですが。普段は全然起きてこないくせに、どうしてわたしが休みの時だけこんなにも早く起きてくるのでしょうか。一人で起きられるのなら出来れば毎日そうして欲しいものです。

「オレの飯は」
「ベルさん、何度も言いますけど、わたしはコックではありません。ただのメイドです」
「でも朝飯はお前の担当だろ?」
「それはベルさんが皆さんと同じものを食べないから仕方なくやっているだけです。そしてわたしは今日休みです」
「逆になんで休みなの? オレに許可取った?」

 そんな制度、今まで一度も聞いたことがないのですが。ベルさんはわたしの頭に肘を乗せると、「なー、なまえ飯」と再度言う。正直もう頭は覚醒していて今から作ろうと思えば作れましたが、彼の言いなりになるのもなんだか癪でわたしはするりとその腕から逃れて部屋の奥へと戻りました。しかしベルさんは構わずわたしの部屋に入り、後ろをついてきます。彼がこの部屋を訪れるのはもう過去何度もあるので今更驚きはしませんでしたが、仮にも女子の部屋にズカズカと入ってくるのは如何なものかと。恥じらう素振りも見せないわたしもわたしですが。

「なまえ」

 ベルさんの腕がぐるりとわたしのお腹に回りました。お願いをする時は大抵こういうことをしてくるのでこれも特別驚きはしませんが、それでも心臓に悪いのはいつものことでした。わざとらしく肩に顎を乗せ、「腹減った」と子供のように呟く。わたしは「今日は皆さんと同じものにしてください」とハッキリと告げた。

「ヤダ、なまえのがいい」
「……」
「明日は我慢してやるよ」
「……」
「なまえ」
「……はーー。エッグベネディクトですか? フル・ブレックファストですか? なんの準備もないのであまり凝ったのは出来ませんよ」
「パニーニ」
「パニーニ? あんなの具材挟んでだけなんですけど……」
「あれがいい」
「別に自分でも作れると思うんですけど……」
「お前のがいい」
「はあ、もうわかりました。ちょっと待ってください」

 そう言うとベルさんはケロリと先ほどまで見せていた雰囲気をどこかに消し去って、「さっさとしろよ」とわたしのベッドに腰掛けて足を組みました。その様子に少々苛立ちましたが、彼の要望通りパニーニを作り与えたらなにも言わずにもぐもぐと口に頬張っていたので、まあいいか、とあっさりと彼を許してしまいました。おそらくこれも彼の思惑通りなのでしょう。通りすがりのルッスーリアさんには、「ベルちゃんがいる限り一生休めないわね」と言われましたが、本当にその通りになってしまいそうで出来れば聞きたくない言葉ではありました。そうして結局その次の日もわたしは彼のために朝食を作り、ゆっくりと過ごすはずが彼の遊びに付き合わされて落ち落ち休んでなどいられませんでした。


2021.06.13
/ 融解企画夢



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