王子さまの金色の粉

 はっ、と。浅く息を吐き出した。

 夢をみた。もう内容はうっすらとしか覚えておらず、詳しくはわからないけれど、恐ろしい夢だということだけは覚えている。微かに手が震え、汗もたくさんかいていた。しかし何故だろう。夢だとわかっているのに、上手く呼吸が出来ない。

「う、っ……はっ」

 心臓が、どくどくと音を立てている。こんな嫌な気持ち、早く消してしまいたいのに、消える気配は一向に訪れない。

「何やってんだよ」

 ぐいっと、突然横から強い力で腕を引っ張られた。途端にあたたかい体温が私を包む。嗅ぎなれた香りに、じわりと目の奥が熱くなった。

「っベ、ル……」
「息、吐いて」

 言われた通りに、ふう、と大きく息を吐き出せば、そのあと自然と空気を求めて息を大きく吸い込む。背中に回されたベルの手が、優しく私の背を規則的に叩くと、じわじわと視界が滲み始めた。

「ったく、子供かっつーの」
「う、ごめ……」

 涙を拭うように、ベルの服の裾が目元に押し付けられる。すん、と鼻を啜って縋るように彼の服を握れば、言葉とは裏腹に彼の腕は優しく私を抱きしめた。

「なんの夢?」
「……わかんない」
「わかんねーのかよ」
「うん……でも、怖かった気がする」
「…………」
「……ベル?」
「オレがここにいんのに、んなこと起きると思ってんのかよ」

 今度は、酷く優しい声だった。無言で小さく首を振れば、後頭部に手を回されて、ベルの胸へと押し付けられる。とくとくと、ベルの心臓の音が聞こえた。
 何も言わずに、彼は足を絡めた。抱きしめる腕も強められ、少しだけ苦しいくらいだったが、これくらいの方が今は安心できるような気がした。どくどくと激しく音を立てていた心臓が、少しずつベルの心音に合わせていくように、ゆっくりと鎮まっていく。確かにこんなに安心出来る場所、世界中探したってここ以外見つからない。
 次第にうつらうつらと、意識が揺らめいていく。あんなに恐ろしいと感じていたはずなのに、いつの間にかあの嫌な気持ちは消え去っていた。
 額をそっと、ベルの胸へと押し付ける。彼の指が、そっと私の髪に触れたような気がした。


2021.03.03



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