王道?


「海! ちょっと聞いてよぉ」

「……椿、図書室では静かにね」

「はいはい、ごめんね。でね、海、ちょっと聞いてよ!」

 注意しても聞かない椿に、僕は苦笑した。

 ここは図書館だから、普通は静かにしないといけないんだけど、今は他に生徒もいないしちょっとだけならいいかなあ。

 そう思った僕は、カウンターの前で可愛らしい顔で目をきらきらさせている椿を見る。

「うん、どうしたの?」

「ついに来るらしいんだ!」

「? 来るって、なにが?」

「そんなの決まってるじゃん! 編入生だよぉ。王道だよっ」

 その言葉に僕は目をぱちくりと瞬かせた。

 椿はよく王道とか言ってるけど、僕にはまるで理解できない。

 ……あ、でも多分椿はケイさんと同じ感じだと思う。平凡受けとかよく言ってるから。

「で? その王道っていう編入生が来るの?」

「そう! って言いたいところなんだけど、まだわかんない。季節外れの編入生だからすごく期待してるんだけどね!」

「へえ、そうなんだぁ」

「うん! まあ、アンチのほうの王道だったら最悪なんだけどぉ」

 ぼそりと椿がつぶやいた。アンチってなに?


 僕は首を傾げる。椿はよくわかんないことを言ってるから、こういう時は聞き返したりしない。

 だって聞き返して答えてくれても、僕には理解できないから。

 カウンター越しに苦虫を噛んだような顔をした椿。

 なんだかその顔は、子犬が拗ねているようにしか見えなくてすごく可愛い。

 僕は思わず椿の頭を撫でていた。

「……なに、海」

「ふふ、可愛いなって思って」

 僕とは大違いで。

 僕はどう頑張ったってそんな表情できないし、空みたいな元気な表情も頑張らないとできない。

 だから、そういう表情が自然にできる椿や空が羨ましい。

 ふんわりとほほ笑んで言ったら、椿はなぜか呆れたような顔をした。どうして?

「……海ってば相変わらずの無自覚。まあ、そこが海のいいところだし、萌えるんだけどぉ」

「? なに言ってるの」

「なぁんでも。気にしなくていいよ」

 にっこりと笑ってる椿に、僕もそれ以上詮索はしない。

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