ひっくしゅん、長屋に響くそれは長次のくしゃみ。どうやら風邪をひいたらしい、下級生から聞かされるなんて悲しい物だが仕方ない。
ともかくなんてこった!という事は今、長次は頬を染めて涙目で鼻から汁を垂らしている。そう思うと興奮が収まらないので仕方ない俺が看病してやろう、あわよくば、等と考えながらいそいそと部屋へ向かった。動機不純だ、とは思う。
「長次は無事か!」
勢いよく扉を開けるとそこには見慣れた顔が。あれ、何でお前ら居るの?俺が口を開けると、皆は怪訝な顔をする。黙れ食満、やっと長次が眠ったというのに。お前今まで何処行ってたんだ、こんな一大事に!
先制攻撃に太刀打ち出来ない。どうやら俺が思った以上に事は深刻らしい。いや、長次を探しに図書室に行ったのに居ないから珍しいなあと思って下級生に声をかけたら風邪で寝込んでいると言うから急いで来たんだ、そりゃ看病と称して淫らな行為をしようと思わなかったのかと言われれば嘘になるけれど!
なんて言ったら張り倒されるかなあ、なんて思いつつ病床に目をやる。そこには汗だくで呼吸を荒げる長次がいた。それを見ると急に心臓が痛くなったので、思わず目を逸らす。視線の隅で小平太が泣いていて、文次郎も仙蔵も目元が潤んでいた。緊張とも動揺ともつかぬ心情のまま視線をやると、辛そうな顔で救急箱を握りしめる伊作もいた。
何で葬式みたいになってるんだ!
必死で叫ぼうとしたのに、口は動いてくれなかった。代わりに気持ち悪い汗が頬を伝う。
「…心配し過ぎなんだよ、それより鍛練に行こう」
「こんな時に何を…!」
胸倉を掴まれると息苦しい。離せよ文次郎、暴れたら長次に悪い。
「馬鹿か、長次は死なない。それよりこんな風邪ごときで喚いてどうする。」
「馬鹿はお前だ留三郎、お前は長次を何だと思って…」
長次は俺の何?
好きな奴だよ若しくは戦友となろう大切な仲間、それでもなければ長次にとって俺はただの性欲処理機なのかもな。へらへら笑いながら口を開けば、殴り掛かる文次郎。
「ふざけるな」
「ふざけてなんかない」
嫉妬すんなよ、見下せば涙目で俺を睨む文次郎。お前が長次を好いてる事くらい知ってるさ。
「お前ら戦場でもそうやってるつもりか?」
馬鹿にした様に言えば重い空気が。文次郎は力無く手を離すと、ふらふらと部屋を出た。長次、と呟くその声はとうの長次よりも微かな音で。
「…留三郎、でもここは戦場じゃない。戦場での常識と此処での常識は違うんじゃないか。」
ぐさり、突き刺さるそれは伊作の言葉。
しかしちんたらとしてる暇は無い。ただでさえ甘い生活をしてきた、俺達は六年という肩書を背負えどもプロには成り切れぬのだ。心地好い生活は後に障害となるんだよ。
「留三郎は長次がどうなっても良い訳じゃないだろう」
苦しそうに笑う伊作は現実味を帯びて居なくて。おかしい、おかしい、おかしい…違う、おかしいのは伊作じゃなくて
そう思うと突然心臓が痛んだ。ぐらぐらと揺れる、足元が霞む。
俺は仲間を壁として見て居たのだろうか。自分でも気付かぬうちに一線を張って。忍者への憧れがタブーを打ち破って居た、きっと、おそらく、無意識のうちに。気が付いてしまった、たとえ病に倒れたのが文次郎でも伊作でも同じなんだ、それが長次でもきっと
「…今夜は俺が長次を見る、お前達は休め」
小平太が何か言いたそうにしたが逸れを伊作は制止した。そして少しの沈黙の後で、そうか、とだけ言って三人は部屋を出た。
がらんどうの部屋で二人きり。鼓動は一定の規律を保っているのに、どうしてか涙が溢れた。
俺にとって長次は何なんだ。
今まで自分の良いように使える物として好きだ好きだと言って居ただけなのだろうか。
枯渇したものは、
長次が辛くても痛がっていても苦痛に感じない、不安なのは自分の玩具が壊れてしまうこと。