無様に笑う彼が見たくて、指先に力を込めた。ぐう、と唸るその顔に欲情する訳ではないから、俺は至ってノーマルなのだ。学年一体格の良いと言っても過言ではない彼を、押さえ付ける事は難しい。それでも俺は全神経を腕に集中させて、ぐぐっと押さえ付ける。
彼の首筋には痣が残った。



儚むはいのち




夜半泥に塗れて帰ってきた彼を、俺は心配そうに見つめた。彼は殺気立った顔で俺を一瞥すると、そのままふうと消えてしまう。
何度も経験した死線に、未だ慣れる事はない。むしろ慣れない内が華なのだ。死線に慣れるなんて、そんな非情な、と。思える今はまだ、何かに守られているのだろうか。
戦場帰りの彼に深く追求する事は何もない。同室の奴ですらすうかあと寝息を立てる。本当は誰もが帰りを心配している。しかしそれは時に忍を束縛してしまう。命に固執するようでは本当の忍になれない。だから悟られないように、無理に無情なふりをした。(幼いとは罪なのだろうか。)

「まだ起きていたのか」
「ああ、うん、少し。」
水浴びでもしたのか、彼の髪は濡れていた。逸れなのにどうしようもなく屍臭がして、俺は引き攣った笑顔を浮かべる。仕方のない事なのに嫌悪感を表にしてしまうのは、それもまた半人前だからなのだろうか。

「長次」

名を呼ぶと彼は俯いた。ふうと小さく微睡んだ様に見えた。滴る水に手を触れ、そのまま彼の皮膚に触れる。冷たいそこは、まるで死人の様だった。

「名を……」
「うん?」
「名を呼ぶ事に、意味なんてあるのだろうか」
「どういうこと」
「死に逝くその時に…名を呼ぶ…。喚きながら涙しながら、時には呟くように儚く。それが愛なのだとしたら、同時にふたつの命を奪うことになるのだろうか。」

ふいにぺらぺらと話しはじめた、それは彼にしては珍しい事だった。言いたいことは分かるよ、と興奮気味の彼を諭す。背中に触れると彼は小刻みに震えていた。

こんな事を忍同士が話すのはご法度なのかもしれないけれどと前置きした上で、長次は俺の大切な人だから、と俺は冷たい手に触れて言った。自分の暖かな体温に嫌悪しながら。

「それはもしかしたら何よりも大きな愛なのかもしれない。身体や心だけでない、いのちをかけた愛情表現。最後にその人を思えて、そいつは幸せだったかもしれないし、想い人を永久に心に刻むことの出来た相手は幸せになれるかもしれない。」
「それはこちらの独りよがりで……もしかしたら彼は怨んでいたかもしれない。」
「そりゃあ怨むさいのちを盗られるのだから。でもなあ長次、死は終ではないんだよ。」

そう言い終るのが先か後かは今になっては覚えていない。ただ、苦しみに心痛めた彼を救いたかった。

指先に力を込めた。ぐう、と唸るその顔に欲情する訳ではないから、俺は至ってノーマルなのだ。(そう、これは性的行為ではない)学年一体格の良いと言っても過言ではない彼を、押さえ付ける事は難しい。それでも俺は全神経を腕に集中させて、ぐぐっと押さえ付ける。

「あ、や……め…」
「辛いんだろ苦しいんだろ、そんな長次見たくないんだよ。ねえ、俺が殺してあげるよ。大丈夫痛いのも苦しいのも一瞬。」
「…ひ」
「息がしたい?金魚みたいに口がぱくぱくしてる。まだ生にしがみつくの、なあ、固執するうちは幸せになんてなれないんだよ楽にしてあげる」


「…とめ…さぶろ……」


はあはあはあ、肩で呼吸する彼を俺は全身で抱きしめた。



暗い、辛い、哀しい、悲哀に似た感覚に押し潰されてしまいそう。どうしようもないよ、誰かの生死を変える事なんて、無力な俺たちには出来ないのだから。
(死に逝く為に生きる俺達ですらしがみつくそれは、儚く尊い。)

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