もし、わたしが「好き」て言ったらこの関係は崩れてしまうのだろうか。二度と笑いかけてくれなくなるのではないだろうか。もしかしたらもう二度と関わらないでくれと言われてしまうかもしれない。そう考えると、わたしはなにも言えなくなってしまうのだ。 「武、」 「お?木更津じゃねーか!どうした?」 「えっ、あ、会いに来た、の」 「ああ、獄寺ならこの下だ」 はやとに会いに来た、なんて一言も言ってないのになんで武は、はやとの名前を出したのだろう。なんて、野暮な質問だ。答えはわたしとはやとが恋人だから。滅多にアジトに足を踏み入れないわたしが来て会いに来た、と言えば誰もがそう思うかもしれない。それは武だって例外じゃないだろうけど。もし、わたしは本当は武が好きだと知ったら武はどうするんだろう。ありがとう、て言ってくれるのかそれとも恋人がいるのに浮気をしようとしている軽い女だと軽蔑するのだろうか。 「下ってことは綱吉くんのとこ?」 「ああ、かもな」 「そっかあ…じゃあ待ってようかな」 知ってる。はやとがいま綱吉くんのところにいるのはさっきのはやとからのメールで承知していた。わたしがこうして早くに来ているのは武と少しでも話すためだ。あの笑顔も、声も、仕草も、手に入れられないことは分かっている。わたしにはやとがいるように、彼にはかわいい奥さんがいるのだから。でも、武は優しいからその彼女さんには自分の仕事を偽っているらしい。彼が言うには、「あいつは大切だから俺の世界を知ってほしくない」…だそうだ。綺麗事だと誰かが笑う。それは間違いなくわたしなのだけれども。嘘にまみれた綺麗事でも、武は間違いなく彼女を守っている。それがどうしようもなく憎らしくて、羨ましかった。 「じゃあコーヒーでも飲むか?」 「んーじゃあもらおうかな」 「ちょっと待ってろ」 遠くなっていく背中を見つめていると彼に大切にされている彼女のことを思い出してしまう。羨ましい。わたしだって、好きでマフィアに関わったわけじゃない。彼女と、わたし、なにが違うのだ。マフィアのことを知っているか知っていないかの違いだろうに。はやとだって、わたしにはこう言う。「お前がマフィアについて知っていて、仕事がしやすい。良かった」と。だいたい、何故この世界に住む男達はマフィアにこだわるのだろう。そこまで女は弱くないし、そこまで無垢で純粋なわけじゃないのに。 「ほらよ」 「ありがとう」 「まだかかるみてえだけど…どうすんだ?」 「うーん、じゃあ武の最近の仕事の話でも」 「ははっ、仕事の話が聞きたいとか言う女もめずらしいぜ」 仕事じゃなくて、武の話しが聞きたいんだよ、と言うことができたのならどれだけ楽だったろうか。わたしは本当は武のことが好きなんだよ、と言えたならどれだけ幸せか。でもきっとこのことを言えば彼はわたしのことを叱る。獄寺がいるじゃないか、と。つくづく優しい人だ。 「まあね、でもこういう人がいないとつらいでしょ?」 「まあな!…絵美、ありがとな」 ありがとう、だってさ。違うんだよ、武。わたあしがしていることは武のためじゃなくて自分のためなんだよ。はやとがどれだけ優しくしてくれても、わたしは武が好きだから彼に応えられない。なのに一人じゃ寂しいから彼に頼ってる。そんな、女なんだよ。武、叱ってよ。 叱ってくれる人 100502 星羅 |