サファイアの海にて-02
初めての海に誰もが浮かれ はしゃいでいたが、その中でも一際だったのは
今までずっと思いを馳せ焦がれていたアルミンだろう。
普段大人しい彼は砂浜に着いた途端、あっという間にブーツを脱ぎ捨てて
海水に素足を浸していた。瞳を輝かせて顔いっぱいに喜びを広げたアルミンは、
まるで宝物を見つけた少年──いや、実際そうだ。
彼はやっと探していた宝物の一つを見つけ出したのである。
「カナコ、海は青いね」
「君の言う通りだった」と、アルミンは澄み切ったブルーの瞳を細めた。
『海はね、アルミンの目みたいに綺麗な青だよ』
訓練兵時代に彼とこっそり話した海のこと。そう昔のことではないと思ったがあれからもう四年。
懐かしんで振り返るには実に長く、辛い四年だった。
しかし惜しんだところでかさぶたを剥すようなものでぶり返すだけだ。
「そうでしょ?」
佳奈子もブーツを脱いで海に入り、青海原の一部になる。
「うん。それに世界の四分の三を占めるぐらいに広い」
「あ、それも覚えてたんだ…」
「忘れないよ」
外の世界について話せる人は貴重だったから。そうアルミンは頬を赤くしながら笑った。
流石の記憶力だなと関心しながらも佳奈子は余計なことを言ったなと後悔する。
あまり世界について知っている情報を出すのはあらぬ疑いや誤解を生みかねない。
特に色々な真相が分かり始めた今なら尚更だ。
「あ!カナコこれ見てよ!」
声を弾ませた彼の掌には奇麗な白い巻貝があった。
「わぁ、奇麗だね」
「川の貝とはまた違う…」
興味深そうに観察するアルミンになにか他にないかなと佳奈子も砂浜に目を凝らす。
「あ、」
佳奈子は泡立っている波の中に貝とは違うピンク色の欠片を見つけて手に取った。
指でつまめる数センチ程度の角の取れた小片。表面はなめらかで不透明。
長い間波に揉まれたガラス片──シーグラスだ。
「貝じゃないね」
「うん」
巻貝からこちらに興味が移り変わった彼が手元を覗き込んだ。
自分には珍しいものではないのでアルミンに手渡す。
ガラスの存在は知っているから、賢い彼なら答えに辿り着くだろうと見守ることにした。
アルミンはシーグラスを太陽にかざしたあと指でコツコツ弾いた。
「もしかしてガラス…かな?」
「ガラス?透明じゃないのに?」
流石の洞察力だと思いながら佳奈子は全容が分かるように導いてみる。
「破片なのに角が丸くなってるのを見るに──」
すっと彼は伏し目になった。揺らめく波の光の筋が思案する瞳に映る。
「恐らく長い間波にさらされたことによって砂と擦れ合って研磨されたんだと思う」
「なるほど。やっぱりすごいね、アルミンは」
「い、いや。そんな大したことないよ…」
顔を真っ赤にしてアルミンは謙遜するが大したことだった。
自分だったらこれはなんだろうと思いはすれど結局は奇麗だという初見の感想に勝てず
突き詰めることはしないだろう。
「はい、カナコ」
彼はシーグラスを返そうとこちらに寄こすが佳奈子は首を横に振った。
「ううん。アルミンにあげる」
「えっそんな君が見つけたのに…」
「アルミンの方が大事にしてくれそうだから」
どうせ自分は幾らものを大事にしようがずっと持ってはいられないし、持って帰れない。
だったら大事にしてくれるであろうアルミンにあげたほうがずっと意義がある。
彼はシーグラスを自分の手元に寄せると微笑した。
「それじゃあ…これは預かっておくね」
巻貝と一緒に大事そうに掌に閉じ込めたアルミンに佳奈子は笑ってしまう。
「ははは!アルミンって意外と頑固だよね」
恥ずかしそうに佇む彼を笑っていれば「…あのさカナコ、」と控えめに声をかけられる。
「もし、全部終わって僕に時間が残されていたら──」
緩やかな潮風が佳奈子とアルミンの間に流れる。
彼の色素の薄い金髪が風になびいて太陽で透けて見えた。
時間。
ベルトルトを捕食したことで超大型巨人を受け継いだアルミンにはユミルの呪いによって
避けられない十三年のタイムリミットがある。
「その時は僕と一緒に世界を見に行ってくれないかな…?」
「も、もちろんエレンやミカサ、みんなも一緒だよっ?」と彼は慌てて付け足した。
そしてアルミンはちらりとこちらの反応を不安そうに上目遣いで伺う。
外の世界を巡ることが夢である、そんな彼の大事な冒険にまさか自分が誘って
貰えるとは思ってもみなかった。驚きながらも嬉しさが勝り、唇は弧を描く。
でも──直ぐに直線に戻ってしまった。
アルミンが確約出来ないように、佳奈子もまた絶対的な約束を交わすことが叶わない身だ。
だって異分子である自分はいつ消えてしまうか分からないのだから。
しかしまぁそれもお互い様か。佳奈子は頷いた。
どうせ責められる謂れのない口約束なのだ。
「うん、喜んで」
2021.3.12