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ペクトライトは愛を生みたかった  





パラディ島を「地鳴らし」で守るために必要な三つの過程──

一つ目は「地鳴らし」の実験的活用。
二つ目はヒィズルの介入。
三つ目がジーク・イェーガーが「獣の巨人」を王家の血を引く者へと継承すること。

そして──「王家の血を引く者」は十三年、「ユミルの呪い」によって定められた任期を
終えるまで可能な限り子を増やすこと。

ヒィズル国党首キヨミ・アズマビトとの会合に出席していた佳奈子は、その最後の過程を
耳にした時憤りを覚えた。そんな、そんな愛もなにも無い、ただ増やすことだけを目的とした
だけに子作りを強制するなど人権を無視した挙句に侮辱している。許されない、許してはならない。

佳奈子はヒストリアへ視線を向けた。
首を縦に振るな。こんな非道徳な強要は突っぱねていい。

しかしそんな佳奈子の想いとは逆に、ヒストリアは目を閉じて数秒沈黙したのち
「わかりました」と静かに告げた。

「私は「獣の巨人」の継承を受け入れます。「地鳴らし」が我々の存続に不可欠である以上は」

目を開けてしっかりと一言一句を言い立てた彼女の顔は強固な決心が現れていた。

「ヒストリア…!」
「…ヒストリア」

思わずヒストリアの名を隣に座るミカサと共に口にする。
ガタッと大きな音を立ててエレンが椅子から立ち上がった。

「壁を破壊し蹂躙された挙句、家畜みてぇに子どもを産まされ殺されてやっと生きることが
許されるって言うのなら…オレはジーク・イェーガーの計画は到底受け入れられません」

「地鳴らし」の維持に命運を委ねるのは危険だ、時間が許す限りあらゆる選択を模索するのが
現状の最善策ではないのかと、冷静にけれど曲げる気など毛頭ない様子で彼が鋭い視線でキヨミを捉えた。

誰しもが持っている自由の権利を他人に侵害されることをなにより忌み嫌うエレン。
彼の脊髄反射の言葉は佳奈子やミカサ達ヒストリアを憂いた者達の代弁であった。

一度は許容したものの、心の奥底では受け入れがたかったであろう現実を打破したエレンに
ヒストリアは涙を浮かべていた。その涙を佳奈子は拭ってやりたかったが、場が場であるがために
それは叶わなかった。




ヒィズル国も「結論を急ぐ時ではない」と了承し、会合は閉会してから数日──

あの場ではとりあえず保留となったが必ず避けられるとも断言出来ない三つ目の過程に、
ヒストリアがこれから悩まされるであろうことが佳奈子は気がかりだった。

パラディ島を統べる女王となった彼女にはそう簡単に泣き言を吐露することは出来ない。
同期である佳奈子達でさえも、おいそれと謁見することは容易ではないのだ。
ヒストリアの方から会うことを望んでくれることが多い佳奈子でもそう単純にはいかない。

しかし──今回ばかりは強引でも早めに彼女に会いたかった。
当事者ではない佳奈子でさえも未だこんなに心苦しいのだ。ヒストリアはそれ以上だろう。
だからこそ、少しでも心の支えになってやりたかった。

佳奈子がしてやれるのはそれしかない。
限られているのなら、とりあえず限られたものを精一杯するしか他にないだろう。

「──あぁ、そうだね。君が隣にいてやるのが一番いい」

ハンジに訳を話し、なんとか謁見の許可を取って貰えないかと頼めば彼女は深く頷いてくれた。

「なによりヒストリア自身もそれを望んでいると思う」

「早急に申請するよ」と佳奈子の肩をぽんと叩いたハンジは有言実行で、ヒストリアとの謁見は早速叶った。

ウォール・シーナにある王都ミットラス。
女王陛下──ヒストリアの自室には何度か来たことはあるが、絢爛豪華さが物々しいここは
足を運ぶ度に些かの緊張を感じる。

女王の近衛兵を担っている憲兵に前後で挟まれるようにして連れられ、これまた彼女の部屋の前で直立不動で
見張りをしている憲兵二人、計四人に囲まれた状態で佳奈子は早く逃れたい気持ちを足早にドアをノックする。

「はい」

凛とした返事に「ヒストリア。私、佳奈子だよ」と声をかけると、女王陛下になんて口の利き方だとばかりに
八つの目玉に睨まれるが公の場ではないのだからそんなものは知ったことではない。

「カナコっ」

弾んだ声音のヒストリアがドアを開けてくれた。
彼女が作ってくれた隙間に入り込んでドアが閉まるとやっと肩の荷が降りた。
女王陛下と二人きりの方が安心するなんて傍からしたら変な話だが、佳奈子にとってはしかめっ面の憲兵よりも
慣れ親しんだヒストリアの方がずっと落ち着くのだ。

「どうぞ、座って」
「うん」

彼女に促され、椅子に腰を落とす。用意してくれた紅茶を少し頂いてソーサーの上にカップを戻す。

「…カナコ、来てくれてありがとう」

ヒストリアの微笑んだ目に涙が滲んでいるのを見た佳奈子は、椅子ごと立ち上がって彼女の隣へ移動して
あの時は叶わなかった涙をハンカチで拭う。

「ううん。私もヒストリアに会いたかったから」
「ごめんね、ごめん…。私まだまだ弱いや…」

佳奈子のハンカチを受け取った彼女は溢れ出る涙を拭いながら、無理に笑顔を再現しようとするために
痛々しい表情になっていた。体を震わせて泣くヒストリアの背中をそっと撫でる。

「あんなことを許容出来るのが強さなんて私は思いたくない。大事なのは自分がどう思ったか、感じたかだよヒストリア」
「…私本当は嫌、」

ぽつりと零した言葉と一緒に大粒の涙が彼女の輪郭を辿るようにして流れた。

「特別だなんて言わない…。けど、好きな人と一緒になって子どもを産みたい…!」

民を統べる女王でもない、命を捧げた兵士でもない、ただの一人の女の子の本心は佳奈子の胸に深く刺さった。
同じ女だから分かる。物語のようなロマンチックさを求めてるわけじゃない。
ただ普通の、誰かに恋して愛されて子を成す──そんな普遍的な健気さがある恋愛をしたいのだ。

しかしそれとは真逆のものを急に突き付けられるのは絶望でしかない。
黙って死ぬまで可能な限り子どもを作れと、子を身ごもる立場である女の身に言われるのは余計に苦痛だ。

「カナコっ…!もし、」

ぎゅっと赤が混じった目のヒストリアに腕を掴まれる。
その瞳はどこか拠り所を探すように忙しなく揺れていた。

「もし私が男だったら、もしあなたが男だったら、私達の性別が別々だったら私は──」

彼女の震える唇が言わんとしていることを察してしまった佳奈子はきつく抱きしめた。
皆まで口に出されてしまっては、佳奈子は本当になにも言えなくなってしまう。
ヒストリアの言葉の続きは最早誰にもどうしようもないことだ。

「ヒストリア、ごめん…」

心の支えが聞いて呆れる。結局のところ抱きしめて謝るぐらいしか佳奈子には出来なかった。

「!…私こそごめんなさい、」

ヒストリアの熱い掌が佳奈子の背に周り、同じ強さの抱擁を返してくる。
二人して、いずれ訪れるであろう未来に互いを抱きしめ合うだけしかすべがない。

「カナコが男でも女でも関係ない…」

密着した体に伝わる声に佳奈子は涙が流れた。

「大事なあなたにそんなことさせられない──」



2020.9.30