フルオーライトと自己嫌悪予想
リヴァイ班の班員宛てにはよく手紙が届く。
調査兵団、それも優秀で危険な前線で働く彼らには、主に家族や恋人からの
心配の声が絶えないのだろう。
その中でも頻繁に手紙が宛てられるのはエルドだ。
兵舎ではなく古城で生活をしている彼らに手紙を届ける仕事を担っている
佳奈子は、同一の人物が彼宛てにたびたび文を書いているのを知っていた。
「こんにちはエルドさん。手紙です」
昼過ぎに訪問した古城では昼食後だろうか、広間でくつろいでいるエルドの姿があった。
「あぁ、ありがとう」
手紙を受け取った彼は差出人の名前を見て微笑む。
とても穏やかで幸せそうな笑みだ。
「恋人からですか?」
テーブルに座ってゆっくりとしているエルドに、今は時間があると分かって
気になっていたことを聞いてみる。恋人だと思ったのはしなやかで上品さが窺える文字と、
彼とは違うファミリーネームの差し出し名だったからだ。
「あぁ」
エルドは更にその笑みを深める。恋人を愛しているのが見て取れた。
佳奈子は質問を続けた。
「───怖くは、ありませんか?」
「怖い?」
「・・・もし恋人の元へ戻れなかったらと」
調査兵団はその名の通り、壁外へ調査に向かう。
そして壁の外には巨人という人食いの化け物がいて戦いは避けられない。
時に愛する者は力を与えてくれるが、それでも愛しい人に二度と会えなくなることは
恐ろしくはないのだろうかと純粋に疑問として思った。
彼はそっと手紙をテーブルに置いた。
「そりゃ最初の頃はビビってばっかだったし、今でも怖くないとは断言出来ない」
思い返しているのだろうか。エルドは遠くを見るように眼差しを注ぐ。
「・・・でも段々と、『あいつにも同じ思いさせてたまるか』って気持ちが大きく
なって。恋人や家族を守ると同時に───"帰る為に"俺は壁外調査に挑んでる」
確固たる意志を感じさせる力強い声音で言った彼は、
手紙の差し出し人の名前を愛おしそうに撫でた。
「・・・すごい、ですね」
佳奈子にはただその一言に尽きた。
あまりに単純な言葉の称賛だが、人の為に命をかけるというのはそうとしか言いようがない。
「私は誰かの為に命をかけるなんて出来そうにないです」
「けどミカサやアルミンと一緒にエレンを庇ったんだろう?」
「あれはそんなんじゃないんです・・・」
エレンの為にしたことじゃない。彼を失うことで自分が死ぬかもしれない危険を
回避したかっただけだ。物語の鍵であるエレンがいなくなればもしかしたらこの夢から
覚めるかもしれなかったのに、結局は死ぬのが怖かったのだ。
「・・・そうか。まぁ、お前にもいつかそんな人が出来るさ」
深く聞いてこなかったエルドは少し眉を下げながら諭す風に言葉を出した。
───他人の為に命をかけることが出来るのは尊くて素晴らしい行いだ。
それは、理解出来る。だが人には勧められても自分には到底無理だ。
過去にユミルにそんなことを言ったのを佳奈子は覚えている。
鳥肌が立ったと嫌そうに腕をさすっていた彼女の気持ちが分かった気がした。
佳奈子は固くなった表情筋を無理やり動かして笑顔を作った。
いつかなんて、この夢の世界でそんな未来は描けない。
「そうですね」
2018.7.24