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掃除屋『グリーンファントム』  





佳奈子は一度決めたことは最後までやり遂げる方だ。
だが、途中でその決めたこととの"真逆の考え"が不意によぎってしまうことがたまにあって。
一度それが思考に入って来てしまえば途端にそちらへ方向転換する時も人生の中でしばしば起きた。
例え九割まで出来てしまっているものでさえ蹴飛ばし、あとは提出するだけの
ものでさえ止めてしまう。

───あまり良くないその癖が久しぶりに起ころうとしていた。

佳奈子は自分の下に轢いた、馬乗りになっている男を無力化させようと奮闘していた。
背後からいきなり襲いかかって来たこの男。どうやらファーランに恨みがあったらしい。
頭に一発貰って倒れこんだ彼を助けようと男に突っ込み、こうして捉えられたはいいが・・・

腹に自分の体重を乗せ、両手は男の肘に膝を落として使えなくしている。
当初の目的だった無力化は達成していた。達成していたが、ふとこの先を思った。

恐らく復讐しに来たであろう彼をこのまま生かしておいて良いのだろうか。
ここは無法地帯の地下街。騙す騙されるも、殺す殺されるも珍しくない。

「ファーラン!」

呼びかけてみると、倒れている体からゆるゆると弱い仕草で腕が上がる。
意識はあるようだが頭への強い衝撃は安心出来ない。
彼を馴染みの闇医者へ早いこと診せたいが、この男が妨げになるかもしれない。

今も先も男が邪魔だ。佳奈子の中でかちりと結論が噛み合った。
腰のナイフに手をかける。決めた。───彼はここで殺す。

驚くほど単純に導き出した生命を絶つ行為。
殺意を持ってもそれを実際にすることになろうとは少し前までは考えられなかったことだ。
でも、それはここが現実じゃないからである。佳奈子のいた世界ではないのだから。

例え男に命があっても立体じゃない薄い命なのだ。
ナイフを構える佳奈子に怯えた表情を見せても虚構に等しい。

佳奈子は一切の躊躇いもなく男の心臓部分へ深くナイフを突き刺した。
男は目を大きく見開きながら呻き、そして身じろぎしたあと止まった。
念のためちゃんと死んでいるか調べた佳奈子は、ナイフを抜き取って立ち上がる。

後悔は無い。

「・・・殺しに来たクセになんでそんな顔するかなあ」

ただ、後味が悪いだけだ。





ファーランはソファーの上で温い眠りからぼんやりと目を覚ます。
いつも見ている汚い天井が見え、そういえば帰って来たのだったと思い出す。
それから自分の情けない姿も。油断してた上に女に助けられるとはとことん不甲斐ない。

惨めな気持ちと頭の傷の痛みにファーランは顔を歪める。
大したことはなかったものの、痛いものは痛い。

「殺したのか」

耳に入って来た声に意識を向ければ、少し離れた場所でリヴァイと
佳奈子が立ち話しをしている。ファーランが起きていることには気が付いてないようだ。

「殺した方が良いなって判断したから」

物騒な言葉とは真逆に佳奈子は微笑みを浮かべながら言う。
ファーランはずきりと胸が痛くなる。自分が殺すべきだった相手を彼女に殺させたことに
罪悪感が湧き出した。

リヴァイは佳奈子をじっと見つめたあとゆっくりと口を開く。

「・・・そうか。まぁ、お前は感情で判断するようなヤツじゃないから間違っちゃいないだろう」

「死んで当然なカス野郎だったしな」と、どうでもよさそうに彼は締めくくる。

「初めて」

佳奈子がぽつりと口にする。黒い両目は遠くに向いていてどこを見ているか分からない。

「初めて、人を殺したの」

部屋が息苦しいぐらいに静まり返った。ファーランも、リヴァイも驚いたに違いない。
心臓を一突きという初めてとは思えないほどの手際を見せ、今も動揺した様子を見せない彼女が
出した言葉が信じられなかった。

「あんなクソ野郎が初めてなんてお前もツイてねぇな」

リヴァイは軽く流すようにそれでいて慰めるようにそう言った。
けれどファーランはそんなことは出来なかった。ソファーの上から身体を起こす。

「カナコお前・・・!」

急に起きたからか頭が酷く痛んでソファーに腰を落とす。

「ファーラン!ゆっくりしてなきゃダメだよ」

佳奈子が駆け寄って来て隣に座る。ファーランは無視して彼女の腕を掴んだ。
この細い腕が自分のせいで人を殺めたのかと思えば頭の痛みが増した。

「・・・俺のせいだよな、」

地下街にいる限り身も心も綺麗でいられないのは重々承知している。
それでも。それでも彼女には綺麗でいて欲しい。なんてそんな幻想を抱いているのだ。

佳奈子は悲しそうな顔をしたあと、腕をつかんでいるファーランの手にそっと手を置いた。
冷えている自分の手とは逆に、火傷してしまいそうなほど熱い手。

「ファーランのせいじゃないよ」

絶対に言うと思った優しい言葉。自分を想っての労りの塊だ。
しかし、本当にファーランを想っているのならこう言って欲しいのだ。

『ファーランの為に殺したんだよ』



2018.3.25